天空の庭はいつも晴れている 第4章 頻伽鳥の歌
「はい。主人には主人の、召使には召使の役割がございます。他の者の仕事を手伝ってやろうというお気持ちは貴いものと存じます。ですが、そのお心遣いが軋轢(あつれき)を生ずることもございます」
「なぜ?」
「たとえば、御寮様はメヴリダの仕事を手伝うことはおできになりますか?」
「なんであんな女を手伝わなきゃならないんだ?」
「それはおかしいと思いませんか? アニサードもメヴリダも、御寮様から見れば同じ召使です」
お気に入りの者には手を貸し、そうでない者には手を貸さない。それは召使の立場からすれば不正義であり、大きな不満を生む。アニサードにとっても、同僚に嫌われることになれば働くのが辛くなるだろう。辞めざろう得ないことも起きかねない。
「主人やその家族は召使に対し、公平でなければなりません。聡明な御寮様にはご理解いただけるかと存じます」
「別に好きでアビュー家の娘になったわけじゃない」
デナン相手に勝ち目はない。ルシャデールは屁理屈をこねる。
「カズクシャンで、アビュー家の娘になることを決めたのは御寮様です。ご自分の言動には責任を持たねばなりませぬ。それは街の辻占いだろうと同じことです」
「……わかった」ルシャデールは仏頂面で答えた。
それからしばらくの間、ルシャデールは自重して過ごした。ユフェリ行きの方策を練る必要があったし、カズックに教わった花守探しも進めねばならなかった。
晴れている時は、たいてい午後から夕食直前まで庭を歩き回る。夕食を知らせに来るメヴリダは、その度に庭中を探すことになり怒ってばかりだ。
「最近真面目に勉強しているようだね。ラーサ師がほめていたよ」
久々にトリスタンが声をかけてきたのは、汚水事件から四日後の夕食時だった。
「ヒマだからね」
ルシャデールはそう答えたが、本で調べることを考えて、読み書きは前より熱心に勉強するようになっていた。
「そうか……何か始めるかい?神和師かんなぎしとしての勉強はもっと後にしようかと思っていたが、奉納舞なんかは身体の柔らかい子供のうちの方がいい。ミナセ家の先代様が奉納舞を教えておいでだ」
ミナセ家はアビュー家と同じ神和家の一つだ。
「ふーん。恥ずかしくないなら行ってもいいけど」
横目でちらりとトリスタンを見る。
「恥ずかしい?」
「あなたが。今度のアビュー家の跡継ぎは口のきき方もろくになってない、可愛げのない子だって、神和家全部に広まるんじゃない?」
「……いや、そんなことないよ」
「ちょっと考えたね」
ルシャデールは冷笑を浮かべる。侍従が助け舟を出した。
「御寮様、ほどほどになさいませ。御前様がお困りです。」
ルシャデールが彼を睨む。彼の方は涼しい顔で微笑む。侍従はやがて主人の方へ視線を戻した。ルシャデールは話題を変えた。
「……このまえ、頻伽鳥びんがちょうが庭に来ていたよ」
「頻伽鳥? 天界の果てに棲むという?」トリスタンは目を見開いた
「そう、見たことある?」
「いいや。頻伽鳥は……親を失くした子供だけがその歌を聴くことができるという。美しく、悲しげな歌声だと、人に聞いた」
そうか、君には聴こえたんだね、とトリスタンは微笑んだ。
「アニスが言ってたんだ。頻伽鳥が地上に降りてきて歌うのは、みんなに大好きだよって伝えたいからじゃないか、って」
それを聞いたトリスタンは不思議そうな顔で彼女を見た。何を思ったのかわからないが、きっと自分と似たようなことを感じたに違いない。アニスにその言葉を言われた時の自分と同じことを。ルシャデールはそう思った。
「アニサードがお気に入りなんだね」
「別に」
ルシャデールはそっぽ向く。お気に入りは確かだ。でも、それを他人に言われたくない。心の中にずかずか入ってきて、かき回されるのは嫌だった。
「天気のいい時なら、彼を連れて外出してもいいよ」
トリスタンの言葉にルシャデールは顔を上げた。
「ただ、アニサードは家族を亡くした時のショックがまだ癒えていない。雨の時は特に調子が悪くなる。そのことを頭に入れておいてくれ」
「そのくらいわかってる!」
それならいいんだ、とトリスタンは力なくつぶやいた。
作品名:天空の庭はいつも晴れている 第4章 頻伽鳥の歌 作家名:十田純嘉