どこかへドア
いや、信じられるわけないか。
だってさ、玄関開けたら加藤のご飯じゃなくて、自宅のトイレから出たら飛行機の中だっただなんて、あり得ないでしょ?
ヘビースモーカーの私はタバコを唇に挟んだまま、エンジンの甲高い音が響く機内の様子に呆然とする。おまけに私はパジャマ姿。ってか、上しかパジャマ着てないし!
ちょうど目の前にいたCAさんも、私を見てびっくりしてる。突然何やら外国語でわめきだしたもんだから、私は急いでドアを閉めた。
「え? ええ? なんなの?」
ウチ飲みしててトイレ入って、出たら国際線の飛行機の中?
CAさんがドアを思いっ切り叩いてる。そりゃ、禁煙の機内でくわえタバコ半裸の女が出てきたら、取り押さえようとするだろう。
でも、出てやるもんか。
ん? なんかやってる?
あ、そうか! いざという時のための合鍵とかそういうのがあるんだ。
お仕事ご苦労様です。
なんて言ってる場合じゃない。
やっちゃいけないことだけど、証拠隠滅のために吸い殻を便器に流す。どうせ開けられるのなら、自分で開けた方がいいのか。
ええい、ままよとばかりにドアを開けた。
はい。ここはどこでしょう?
コンビニの中でした。私はビールの並んだ冷蔵庫を開けてた。
これって、助かったんだろうか。確かに、密室の飛行機の中よりはいいかもしれない。でも、パンツ丸出しの女が深夜のコンビニにいるなんて状況、あまりいいわけがない。しかも国際便で外人ばっかじゃなくて、ここは明らかに日本。すぐ後ろの棚でおつまみ選んでたらしいハゲオヤジが目を丸くして私を見てる。
「あ……あはっ。私ったらお財布忘れて来ちゃった」
私は大急ぎでその場を離れた。
とにかく自分のマンションに戻らないと!
そそくさとコンビニを出る。
出た。
そのつもりだった。
うん。一応は自動ドア繋がりね。
まだ終電ある時間っていうか、ここどこなのよっっ!?
電車の中、乗り過ごした酔っ払いとかがいる。中には起きてるのもいて、明らかにいやらしい視線で私を見てる。
何も考えないようにして窓の外を眺める。私は外を見る振りをしてガラスに映った車内を窺う。視線が下半身に集中してるのが分かる。出来るだけ気にしないように努めながら、私は次の駅で逃げるように降りた。
ま、そうなるでしょ。電車から降りたら駅って決まってる。確かに駅。駅のホーム。
マジで、ここどこよ?
駅名の看板に「西」って書いてある。ってことは西日本? 駅名は膳所。「ぜぜ」って、どこ?
ふーん、そんな読み方するんだって、それどころじゃない!
私の部屋は東京なの! 荏原なのよ!
なんだか分かって来た。私はどうやら、ドアを抜けるとランダムにどこかへ飛ばされるらしい。だったら、別のドアを探すしかない。深夜のホームには誰もいない。私はとぼとぼと裸足で歩き出す。スリッパくらい履いとくんだった。ってか、お風呂上がりとかじゃなくて良かったと感謝しないといけないのか?
改札まで行って、その脇にドアがあるのが分かった。駅長室だと思う。そこに向かいかけたとき、駅員さんが慌てて出てきた。
怖くなった私は思わず逃げてしまう。それが悪かった。自動改札にお腹をしたたか叩かれながら突破――はい、今度はどこですかぁ~?
自動改札も扉みたいなものなんだ~
はい~、今度は札幌! ラーメン屋。
ラーメン食べたい。じゃなくて、早く次のドアを探さないと!
もう、どこでもいいからっ!
近くにあった店の扉を開ける。
う~ん、これはさすがにマズいっしょ?
薄暗い店内。しっぽり抱き合ってる男女。女の方は下着しか身に着けてない。明らかに妖しい店。
「あれ? お姉ちゃん、新入り?」
うわっ、酒臭っ!
キモ男がいきなり抱きついてくる。
嫌だ嫌だ。こんなとこ、一刻も早く脱出しないと!
店の奥へ駆け込む。カーテン脇にあったドアを押し開けて飛び込んだ。
って、もうここ、どこなのよ!?
ん? トイレだ。それも、いつも見慣れた私の部屋の。ちょっと汚れた緑色のトイレットペーパーホルダーのカバー。同じくそろそろ洗わないといけない黄色い花柄のマット。
やっと戻れた!
ほっとして、私は便座にへたり込んだ。
さっき置いたタバコのパッケージとライターがある。
とりあえず一服しよう。
火をつけて、深々とタバコを吸う。
ふぅ~
換気扇に吸い込まれてゆく煙。
今日は、深酒しすぎたのかな。トイレで寝ちゃうなんて……
そうとしか思えなかった。これからはアルコールは控えよう。ちょっと、お腹ぽっこりになってきたし。
私はくわえタバコのままドアを開けた。
そして、私は呆然とする。
そこは――
これは、さすがに出られないよ。
だって、ドアの外は……
宇宙だったんだもん。