とおいそらに
きれいすぎて、こころがどこかに行ってしまうほどの夕やけだった。
「ねえ、あのむこうには、なにがあるのかな」
女の子は言った。
ぼくはちょうど家にかえるとちゅうで、たまたまそこを通りかかっただけ。
ちょっと近道して川のよこの道をあるいてた。
「行ってみたいよね」
女の子はひとり。
ほかにはだれもいなくて、ちかくにいるのはぼくだけ。
でも女の子はぼくのほうを見ていなかった。
だから、ぼくに話してるとは思ってなかった。
「ねえ、そう思うでしょ」
うしろで見ているぼくに、女の子がふりむいて言う。
知らない女の子だった。
ちょうどかげになっていて、顔はよく見えなかった。
「うん」
ぼくに言ってるのがわかったから、そう返事した。
「あそこのお山のところにね――」
女の子が指さすのは、夕やけ空。「灯台があるの」
「灯台?」
ぼくは言った。
海みたいに見える、空。
でも、灯台みたいなのはどこにもない。
「もうちょっと……」
まっすぐとおくを見ながら、女の子は言った。「ほら」
海みたいな夕やけ空、その岬のところから、白い光がかおを出した。
金星。
「ね?」
女の子が、ぼくを見てにっこりする。
「うん」
へんな子だなって思った。
きゅうに話しかけてきて、こんなこと言うから。
「すわって?」
女の子が、となりにくるように言う。
「もう暗いから、かえらないと」
「いや?」
「いやじゃないけど」
ぼくは女の子のとなりにすわった。
「いましか、見えないから」
また女の子は、空を見た。
「おうちの人に、おこられたの?」
ぼくは聞いた。
女の子はよこに首をふる。
「ねえ、お友だちはいないの?」
「いるよ」
「だったら、どうしてひとりなの?」
「ひとりじゃないよ」
女の子が、ぼくを見る。
かわいい子。
わらってるみたいで、でもとてもかなしそうで、今にもなきだしそうなかお。
「ぼくは友だちじゃないよ」
「そう?」
「いま、会ったばっかりだし」
「いま会ったばっかりだったら、だめなの?」
「だめじゃないけど」
「じゃあ、お友だち」
女の子が手をかさねてくる。
つめたい手。
「ねえ、ぼくのこと、知ってるの?」
「うん」
「ぼくは、知らないよ」
「でも、わたしのおはなしをきいてくれたでしょ?」
「さっきのこと?」
「うん」
どきどきしながら、ぼくは女の子を見る。
こんな子、近くにいたのかなって考える。
迷子じゃなさそうだし。
「このじかんだけ、海が見えるの」
「海、見たことないの?」
「あるよ」
「お空じゃなくって」
「うん。あるよ」
「そうなんだ」
「でも、海はとおいから」
「お空だって、とおいよ」
「うん」
「海がすきなの?」
「だいすき」
「ぼくも」
「よかった」
女の子が、またほほえむ。
でも、やっぱりどこかかなしそうに。
「じゃあ、いっしょに見てくれる?」
「うん」
「こっちがわにね」
女の子は、さっき灯台と言った光とはちがう方を指さす。「お城があるの」
「どこに?」
雲のあいだ、入江みたいになった先を見ても、お城なんてどこにもない。
「ほら、あのお山の上」
「あ、ほんとだ」
ぼくが見ていたのとはちがう山。
そのまん中くらいにお城みたいなかたちが見えた。
「見えるでしょ?」
「うん。見えた」
「ちゃんと、見ていてね」
夕やけいろは、ゆっくりなくなっていく。
そらの海も、見えなくなっていく。
「ねえ、かえらないの?」
「うん」
「どうして? ひとりじゃあぶないよ」
「わたし、まってるの」
「なにを?」
「おふね」
「こんなところに、おふねなんか来ないよ」
「さっき、海がみえたでしょ?」
「うん」
「だから」
ぼくは、女の子をじっと見つめた。
「いっしょにかえろうよ」
「ごめんね」
女の子が言う。
こんどは、ほんとうにさびしそうに。
ぼくは立ち上がった。
「もう、かえらないと」
女の子が手をのばす。
ぼくも、その手をにぎった。
つめたい手だった。
「お城、わすれないでね」
「うん」
「やくそく」
「うん、やくそく」
ゆびきりをした。
もうすっかり暗くなっていた。
すこしあるいてふりむくと、女の子がちいさく手をふった。
「ばいばい」
なんどかふりかえって見たけど、女の子はずっとその場所に立っていた。
そして、橋のうえから見たとき。
もう、女の子はいなかった。
あれからあと、女の子には会えなかった。
夕やけ雲が海のけしきみたいに見えるとき、ぼくは思いだす。
そして、お城がどこかにないか、さがしてしまう。
だって、やくそくしたから。