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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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とおいそらに

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きれいな空だった。
 きれいすぎて、こころがどこかに行ってしまうほどの夕やけだった。
「ねえ、あのむこうには、なにがあるのかな」
 女の子は言った。
 ぼくはちょうど家にかえるとちゅうで、たまたまそこを通りかかっただけ。
 ちょっと近道して川のよこの道をあるいてた。
「行ってみたいよね」
 女の子はひとり。
 ほかにはだれもいなくて、ちかくにいるのはぼくだけ。
 でも女の子はぼくのほうを見ていなかった。
 だから、ぼくに話してるとは思ってなかった。
「ねえ、そう思うでしょ」
 うしろで見ているぼくに、女の子がふりむいて言う。
 知らない女の子だった。
 ちょうどかげになっていて、顔はよく見えなかった。
「うん」
 ぼくに言ってるのがわかったから、そう返事した。
「あそこのお山のところにね――」
 女の子が指さすのは、夕やけ空。「灯台があるの」
「灯台?」
 ぼくは言った。
 海みたいに見える、空。
 でも、灯台みたいなのはどこにもない。
「もうちょっと……」
 まっすぐとおくを見ながら、女の子は言った。「ほら」
 海みたいな夕やけ空、その岬のところから、白い光がかおを出した。
 金星。
「ね?」
 女の子が、ぼくを見てにっこりする。
「うん」
 へんな子だなって思った。
 きゅうに話しかけてきて、こんなこと言うから。
「すわって?」
 女の子が、となりにくるように言う。
「もう暗いから、かえらないと」
「いや?」
「いやじゃないけど」
 ぼくは女の子のとなりにすわった。
「いましか、見えないから」
 また女の子は、空を見た。
「おうちの人に、おこられたの?」
 ぼくは聞いた。
 女の子はよこに首をふる。
「ねえ、お友だちはいないの?」
「いるよ」
「だったら、どうしてひとりなの?」
「ひとりじゃないよ」
 女の子が、ぼくを見る。
 かわいい子。
 わらってるみたいで、でもとてもかなしそうで、今にもなきだしそうなかお。
「ぼくは友だちじゃないよ」
「そう?」
「いま、会ったばっかりだし」
「いま会ったばっかりだったら、だめなの?」
「だめじゃないけど」
「じゃあ、お友だち」
 女の子が手をかさねてくる。
 つめたい手。
「ねえ、ぼくのこと、知ってるの?」
「うん」
「ぼくは、知らないよ」
「でも、わたしのおはなしをきいてくれたでしょ?」
「さっきのこと?」
「うん」
 どきどきしながら、ぼくは女の子を見る。
 こんな子、近くにいたのかなって考える。
 迷子じゃなさそうだし。
「このじかんだけ、海が見えるの」
「海、見たことないの?」
「あるよ」
「お空じゃなくって」
「うん。あるよ」
「そうなんだ」
「でも、海はとおいから」
「お空だって、とおいよ」
「うん」
「海がすきなの?」
「だいすき」
「ぼくも」
「よかった」
 女の子が、またほほえむ。
 でも、やっぱりどこかかなしそうに。
「じゃあ、いっしょに見てくれる?」
「うん」
「こっちがわにね」
 女の子は、さっき灯台と言った光とはちがう方を指さす。「お城があるの」
「どこに?」
 雲のあいだ、入江みたいになった先を見ても、お城なんてどこにもない。
「ほら、あのお山の上」
「あ、ほんとだ」
 ぼくが見ていたのとはちがう山。
 そのまん中くらいにお城みたいなかたちが見えた。
「見えるでしょ?」
「うん。見えた」
「ちゃんと、見ていてね」
 夕やけいろは、ゆっくりなくなっていく。
 そらの海も、見えなくなっていく。
「ねえ、かえらないの?」
「うん」
「どうして? ひとりじゃあぶないよ」
「わたし、まってるの」
「なにを?」
「おふね」
「こんなところに、おふねなんか来ないよ」
「さっき、海がみえたでしょ?」
「うん」
「だから」
 ぼくは、女の子をじっと見つめた。
「いっしょにかえろうよ」
「ごめんね」
 女の子が言う。
 こんどは、ほんとうにさびしそうに。
 ぼくは立ち上がった。
「もう、かえらないと」
 女の子が手をのばす。
 ぼくも、その手をにぎった。
 つめたい手だった。
「お城、わすれないでね」
「うん」
「やくそく」
「うん、やくそく」
 ゆびきりをした。
 もうすっかり暗くなっていた。
 すこしあるいてふりむくと、女の子がちいさく手をふった。
「ばいばい」
 なんどかふりかえって見たけど、女の子はずっとその場所に立っていた。
 そして、橋のうえから見たとき。
 もう、女の子はいなかった。
 あれからあと、女の子には会えなかった。
 夕やけ雲が海のけしきみたいに見えるとき、ぼくは思いだす。
 そして、お城がどこかにないか、さがしてしまう。
 だって、やくそくしたから。
作品名:とおいそらに 作家名:泉絵師 遙夏