腐る噺
そう思った瞬間、僕は地に伏せた。鼻頭と額を地面に打ち付ける。胃の中がぐるぐると廻って、熱い。吐こうとするが、何も出ない。唾液が口の端から垂れる。手足の感覚が全く無い。それは紫に変色し始めていた。
腐っている。
そう思った途端に指先から、ぼろぼろと崩れていく。まるでクッキーか何かを砕いた様にぼろぼろと。このまま身体が、心臓が、脳が、腐っていくのか。手足の腐敗は、僕に明確な死への路を開けさせた。
――死にたくない?
脳髄に声が響く。死。それは自分にとって曖昧な感覚でしかない。恐怖や嫌悪の対象ではないのだと思う。元々、この躯は死んでいる。それを無理矢理生かし、動かしている。全ては見せかけだ。生きている様に見せているだけ。そう、見せかけだ。躯は見せかけである。ではこの思考や意識、記憶は何なのだろうか。見せかけなのだろうか。
否。
僕は確かに今現在、こうして思考している。意識もある。今までの記憶もある。そうだ。これ等の集合が“自分”という存在なのではないだろうか。躯が生きているだの死んでいるだの、そんな事を考えるのはナンセンスではないか。今、確かに“自分”は存在している。生きている。生きているのなら、
「死にたくない」
そうだ。死、とは肉体が朽ちるだけではない。精神が朽ちてこその、死。不意に、怖くなった。死に対する恐怖。器が無ければ、中身も無い。僕にはこの器が必要だ。今死ぬ訳にはいかない。まだやるべき事がある。
――死にたくない?
あの声がまた、脳髄に響く。そうだ、死にたくない。だから早く。早く治してくれ、創造主。