叔母の猫
デッキブラシの端だった。
——なにすんだ、てめえ。
起き上がると、わたしは伯母に食ってかかった。
伯母はおどろいて、何かもごもごと言い訳を口にしたようだが、不明瞭で言葉が聴き取れないし、わたしにも聴き取る気はない。
——くそばばあ。きちんとあやまりやがれ。
伯母はわたしを怖がりつつも色をなして抗議した。そんなことをされるのも、みんなあなたの素行がわるいせいじゃない。おばさんはあなたのことをかんがえてやっているのに、わからないなんてなんてねじくれているの。女の子らしくおしとやかにならないの。
わたしはカッとして、右のこぶしで伯母を殴りつけた。顔をねらったが思ったようには当たらず、伯母が振り上げたデッキブラシの柄をはじき飛ばした。
——このやろう。
伯母はデッキブラシを足元にたたきつけて、慌てて居間から出ていった。暴力をふるうなんて、なんて子、というすてぜりふが聞こえた。
たしかに暴力だ。でもそれには理由がある。さきに屈辱的な行為をしたのは、先方ではないか。
裁判してやってもいい。きっとこちらが勝つんだ、とわたしは思った。
だが、すぐに、一抹の不安がよぎる。
証言が異なればどう判断されるか分からない。こちらが不利になるかもしれない。だいたい裁判なんてできるのだろうか。
すると足元に、伯母の猫がやってきた。
アンジェリカという名前の血統書つきの白い毛並みの長毛種である。
警戒心のないその姿に、わたしは急にいらっとした。
わたしはいきなりそれを持ち上げて振り回した。猫は驚いてもがき、わたしを蹴りつけて飛び降り、部屋の外に逃げ去っていなくなった。
いつもはかわいがっていた猫だったが、もう、なついてくれないだろうな、とわたしは思った。
足音がして、初老の中背の男が部屋の戸口に現れた。
伯母の夫であった。息巻いて、私にどなりつける。
——なんていう奴だ。そんなジャージ姿で学校にも行かないで、暴力をふるうのか。ここはおまえの家じゃないんだ。おまえの両親を訴えてやる。
——かまうもんか。やれるもんならやってみな。
わたしは言い返したが、語気がやや弱々しくなった。
男はそれを聴き取ったようだ。
——ほらみろ、動揺してるじゃないか。脅しじゃあない。本当にやるぞ。吠え面かくなよ。
勝ち誇ったように、そう言い捨てた。