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『掌に絆つないで』第三章

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Act.05 [蔵馬] 2019年8月7日更新


「やっぱりその方が似合ってるぜ」
目を覚ました黒鵺は、突如妖狐の姿に戻った蔵馬に驚きつつも嬉しそうだった。
「冥界の結界は、すでに崩れてきているみたいだ……あんまり苦労せずに入り込めそうだな」
横になったまま寝言のようにつぶやく黒鵺。
「どんなところなんだ? 冥界っていうのは」
蔵馬が頭をもたげ銀色の髪を地に這わすと、彼は眩しそうに目を細めながらそれを指先で弄ぶ。黒鵺の指の動きに反応して、頭皮には僅かな振動を感じるのに、銀色の髪はまるで他人のもののように見えた。
「わからないから、見に行くんじゃないか。なんだ、怖いのか?」
半ば上の空で会話している自分に気づきながらも、蔵馬はやんわりと黒鵺の言葉を否定する。
「いや。情報があったほうがいいと…」
「目前にあるのに、情報も何もないだろう? お前らしくないな」
「……え?」
お前らしくない……?
黄泉と新勢力として名を馳せようとしていた頃、蔵馬の行動はすべて計画重視だった。
計画の第一歩は情報収集から。その後の行動すべてに理由があり、計算され尽くしたものだったはず。
しかし、黒鵺と二人でいた時代は計画など立てもせず、目に映ったすべてを奪っていた。それが彼らのスタイルだったからだ。
「今、オレはどうしようもないくらい幸福だぜ。お前とこうしてまた、一緒にいられることが嬉しいんだ」
再会してからというもの、黒鵺は幾度となくこういった台詞を吐いた。その度に、蔵馬は柔和に微笑んでそれに応えていた。
その瞬間は、まるで温かい毛布にくるまれているような気分だった。決して凍えることのない安らぎの空間。悪夢にさいなまれることもなく、迷い悩む術も知らない守護された子どものように、自然に漏れる微笑みだけがそこにあった。
「黒鵺がオレといない間の話……まだ、聞いてなかったな」
穏やかに蔵馬がそう囁くと、「もういいんだ。そんな過去の話は、どうでもよくなってきた」と、ひとつあくびをして黒鵺は瞳を閉じる。
「お前がいるなら、もう何もいらない」
そういいながら、再び眠りにつくかと思いきや、彼はポケットからペンダントを取り出して蔵馬に差し出した。
「これ、お前にやるよ」
「大事なペンダントだろう?」
「お前の首にかけてて欲しいんだよ。もうどこへも行くな……、蔵馬」
「それはオレの台詞だろう。もう、オレの前で死んだりするなよ」
「ハハハ。ちゃんと、生きてたじゃないか」
蔵馬がペンダントを受け取ると、漆黒の瞳はゆっくりと瞼に覆われ、薄い唇は静かな寝息を立て始めた。


黒鵺との時間は、蔵馬にとっても楽しいはずで、彼の言葉に安らぐひと時も確かにあった。けれど、姿を変えた今、胸の奥底でまるで南野秀一がもがき苦しんでいるかのように、暗い感情が渦巻く。外へ出ようと。
蔵馬は眠りについた黒鵺を残して、再び森の中を彷徨うように歩いた。
魔界の夜が明けようとしている。
それほど明るくない魔界の朝にも、微弱な陽光が射し始めた。その光を浴びて、キラキラと光る湖に、自らの姿を映してみる。
銀色の長髪が、揺れる水の中に現れた。
湖水を掬ってみると、その掌は秀一のものよりずっと白く、血の気が引いたような色だ。
魔物の自分。人間界とは縁のない自分だ。そう自覚した刹那、彼の髪色は銀から黒へと変化し始めた。
一瞬にして、蔵馬は妖狐の姿から南野秀一に戻ってしまった。
そんな自分自身をもう一度水面に映して、彼は力なく乾いた笑いを漏らした。
捨てられないのか、いつまでも。
……どうして。

水に映った黒髪の男は何も答えてはくれず、ただ寂しげに瞬きを繰り返すだけだった。