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『掌に絆つないで』第三章

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Act.02 [幽助] 2019年7月13日更新


霊界獣の背で、ぼたんが甲高い声を上げた。
「あれ!? 妖気計が……!」
今まで飛影の位置を指していたはずの妖気計が、突然不安定になり、グルグルと回りだした。
幽助がその様子をのぞき見た瞬間、頭上で殺気が発せられる。
見上げると、飛影が剣をかざした格好で現れた。咄嗟に剣を握る手に掴みかかると、飛影は影だけを残して消え去った。
……しまった、残像だ…!!
「きゃーーーっ」
ぼたんの叫び声が響く。
剣を振り下ろした飛影は、ぼたんの携えていた妖気計を真っ二つに切り裂き、そのまま真下に広がる樹海に消えていった。
「飛影!」
プーは幽助が命令するよりも早く、飛影を追って降下した。
幽助たちが地に降り立つと、飛影もまた立ち尽くし彼らを待ち構えていた。
「貴様らがオレを探しに来ることはわかっていたが、まさか居場所を特定する道具を持っていたとはな。見くびっていたぜ」
「……飛影、コエンマ様の言うとおり…だいたいの事情は察しているようだね?」
「さあな」
「飛影、オメーの気持ちはわかるけど、おふくろさん……このまま自由にってわけにはいかねーんだよ」
「オレは前にも言ったはずだ。霊界の指図は受けんとな」
「それとこれじゃ、話は別なんだよ!」
「そうさね、冥界を復活させるわけにはいかないんだよ。あんたがお母さんを蘇らせるのに使った冥界の力は、封印しなきゃいけないものなんだ。わかっておくれよ」
「オレの知ったことか」
「今のままだと、魔界も人間界も危ないんだぜ」
幽助とぼたんは冥界が復活した後、冥界に支配されるかもしれない魔界と人間界の状況をたどたどしくも必死で飛影に説明した。
「頼む!! おふくろさんと会えなくなるのはツレェかもしれねーけど、冥界玉の力を封印させてくれ」
真剣な幽助の視線を真正面から受けた飛影は、なおも怯まず言い放った。
「指図は受けん」
その言葉に、幽助は逆上して怒鳴りつける。
「テメーなあ!! 飛影! わがままもいい加減にしろよ!? このままにしておくと、オレたちは冥界のやつらの操り人形にされるかもしれねーんだぞ!? それでもいいのかよ!」
「幽助の言うとおりだよ、飛影! 冥界は危険なんだよ…! それに、冥界が蘇れば、お母さんも今のまま自由でいられるとは限らないんだ。もしかすると、一番最初に冥界鬼になっちゃうかもしれない……それは、飛影もイヤだろう?」
飛影は幽助たちに視線を向けたまま、押し黙った。
所詮はありえないはずの力を借りて蘇った魂。冥界が復活したときに引き起こされる現象で、飛影の母親がどうなるかは、ひなげしさえわからないと言っていた。だが、危険なことには間違いないだろう。
とはいえ、心の奥深くで強く願った者が蘇ったのだ。頑なに存命させようとする飛影の行動も、不自然ではない。それに気づき、幽助は交渉の方法を考え直した。
「………わかった、飛影。時間をやる」
「…幽助!?」
「だってよ、今ここで……っていうんじゃ、飛影もおふくろさんも、心の準備ができねーだろ?」
「でも……」
ぼたんは冥界復活までの時間が推測できないことで、幽助の提案に賛成しきれないでいた。とはいえ、この場で飛影を説得しようにも、彼の性格から考えると容易ではない。あえて時間を与え、自らの意志で冥界玉の封印を決意させようという幽助の判断も的を外してはない。
ぼたんは結局、幽助の提案に希望を託すことに決めた。
「飛影、とにかく……冥界復活は危険すぎることなんだよ。わかっておくれ」
「オレは、オメーを信じるぜ。だからよ、一日待つ。オレは雷禅のいた塔にいる。コエンマを信じておふくろさんを成仏させてやるか、それとも……オレと戦うか。どっちか決めて、オレのところへ来いよ」
「戦うって……幽助!」
ぼたんが幽助の発言に慌てた様子で口を挟んだ。
「オメーが魔界も人間界も関係ない、冥界を復活させても構わないってつもりなら、オレたちはオメーを倒してでも冥界玉の力を奪う。オメーひとりを苦しめてワリィとは思うけどよ、魔界も人間界も霊界も、冥界から守るためならそれも仕方ねえことだからな」
「一日もいらん」
「なんだと……?」
聞き間違いかと疑った幽助の目前で、飛影の纏う妖気がその色を変えた。
「幽助。貴様とは今ここで決着をつけてやる」
「………飛影…テメー…、本気で言ってやがるのか…? オメーがその気なら……、やってやんぜ!!」
幽助の妖気もまた燃え盛る炎のように熱を帯び、隣にいたぼたんは全身を強張らせた。
しかし、ここで二人が対決することは、なんの解決にもならないことは明確。震える足を無理矢理立たせ、ぼたんは二人の間に立ちはだかった。
「あ、あんたたちを戦わすわけにはいかないよ…!」
「貴様から死にたいのか」
「邪魔だ、ぼたん! すっこんでろ!」
「いーや! どかないよ!!」
ぼたんは胸を張って両手を広げると、飛影を睨みつけた。
「いいかい、飛影! 霊界はあんたたちには邪魔な存在かもしれないけどね、あたしたちは遊びで案内人やってるわけじゃないんだよ! 魔界や人間界が今のまま均衡を保って平和である限り、それを脅かす世界を野放しにしておくわけにはいかないんだ! あんたが冥界封印の邪魔をするなら、あたしだって、命かけてでもそれを阻止するよ。霊界案内人の誇りにかけて!! 幽助と戦うっていうなら、まずはあたしを殺すんだね……!」
そう強く言い張ったぼたんの肩は、背後から見る幽助から見て取れるほど震えていた。
ぼたんの覚悟を見せ付けられて、幽助は妖気を収める。そして飛影も、構えを解き、妖気を鎮めた。
「……今日のところは、ぼたんに免じて引いておいてやる。決着は明日だ、幽助」
その口ぶりから、明日には和解、というほど甘くないことを思い知らされる。
「考え直すことを期待して待ってるぜ、飛影」
「フン、好きにしろ」
飛影はそう吐き捨てて踵を返した。
極度の緊張状態にあったぼたんは、飛影が背を向けた瞬間、その場に崩れ落ちた。
「おいっ、大丈夫か、ぼたん」
「ふえ~~~ん…飛影のことは信じてたけど……怖かったよぅ…」
頭を撫でてやりながら顔を覗きこむと、ぼたんは瞳を潤ませて泣き言を漏らした。
頼れるんだか、頼れないんだか。
幽助は苦笑いながらも、ぼたんの勇気に感心した。
「おい」
背を向けたはずの飛影が、顔だけこちらに向けて呼びかける。
「間抜けな貴様のことだ。気づいていないようだから教えておいてやる」
「……なんだよ?」
唐突な切り出しに、幽助は疑問符を投げかけた。
「貴様が説得する相手は、もう一人いる。冥界玉の光を浴びたのは、オレたち二人だけじゃなかったはずだ」
それだけ言い残し、飛影は素早くその場を立ち去った。