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テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2

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4 深淵に蠢く


 教会に駆け込むと、一人の騎士が近寄ってきた。案内されたのは例の預言士が治療を受けていた部屋ではなく、入口から真っ直ぐ進んだ先の大聖堂。大扉が開くとすぐさま目に入ってきたのが教壇の前に寄り集まる数人の影。数歩近づくうちに、人だかりの中心に棺が横たわっているのが見えた。
 ルーク達の入室にいち早く気付いたのは、一歩引いた場所に立っていた騎士団総長ヨハン。ルークと目が合うと、軽く頭を下げた。そして何を語ることも無く数人の騎士を引き連れ、ルーク達の脇を抜けて大聖堂を出ていってしまった。
 ヨハンと入れ替わるようにルーク達が祭壇の前に進むと、祈りを捧げていたセングレン詠師が伏せていた目を開き、憂いを帯びた眼差しを向けた。
「閣下」
 恭しく跪いた姿勢から立ち上がるセングレン。その隣で瞑目していたトリトハイムもまたルークの姿を認めると、深く頭を下げた。それを合図に、他の司祭もルーク達に向かって礼を取る。
 その中でも顔を上げることなく、棺に縋り付くようにして泣いている女性と、その横にたって唇を噛み締めている少年がルークの目を引いた。それだけで、棺の中で眠る人物の妻と息子であろうことが分かった。
 ここで話はできないと気を回したトリトハイムの誘導で奥の通路へと移動する最中、棺の中を垣間見ることができた。そこにあったのは、数日前確かに刃を交えた預言士の顔だった。どうして、と口に出しそうになるのを堪え、ルークはトリトハイムの後を歩く。
「気付いたのは彼を担当していた医師でした」
 皆が中に入ったのを見て静かに扉を閉じると、トリトハイムが口を開いた。
「ご存知の通り、今日は彼をベルケンドへ移送する予定でしたから。朝のうちに一度検診して頂く予定だったのです」
 そうしたら……とトリトハイムは痛々しく目を瞑った。
「昨夜までは安定していた容態が、何故急変したのか。……医師には判らなかったそうです」
「そう、ですか」
 ルークは働かない頭のまま、なんとか返事を口にする。
 どんな人物だろうと、人の死を目の当たりにするのは苦しい。しかし、今ルークの胸の内に渦巻くのは単純な哀しみだけではない。腹の底に何かが澱むような感覚。その感情の正体が掴めず、ルークは戸惑う。
「……献花をさせて頂いても?」
 ティアの言葉にトリトハイムが頷く。許可を得たティアが踵を返して大聖堂へ向かうと、その背にガイとアニスも続いた。それぞれの足音にせっつかれるようにルークも顔を上げ、その後を追う。
 再び戻った大聖堂は、先程と何も変わらない筈なのに一歩進む事に息が詰まるようだった。
 棺の前までどうにかたどり着くと、そばに控えていた司祭から一輪花を手渡された。前のティア達に倣って棺の中に花を添え、瞑目する。そうしていても、頭の中は真っ白だ。不謹慎だと思いつつも、何も思い浮かばないままルークは目を開き立ち上がる。横を見ると、まだティアは祈りを捧げていた。
「…………どうして……」
 すすり泣きに混じって耳に滑り込んできたのは、女性の嘆き。
「うぅっ…………どうしてなの……あなた……」
 顔を上げない母親の服の裾を掴む少年の手はぎゅっと握りこまれ、深く皺を作る。まだ幼い彼には「死」を正しく理解出来ないかもしれない。
 何故、父は目を開けないのか。はやく起きて、いつものように頭を撫でて欲しい。
「おとうさん……」
 そう思って呼びかけても、当然返事はない。再び「なんで」と少年が問う。母は泣いてばかりで何も返してくれない。応えを求めるように、少年の瞳が、ふいと横に立つルークに向けられた。
 目が合うとルークは一歩後ろに足を引き、その理由を考えるより先に逃げるように大聖堂を出た。事実は分からないが、いつまでも少年の視線が自分の背中に向けられているように感じた。
 扉の閉まる重い音が響くと、深いため息がでた。思った以上に呼吸が浅くなっていたらしい。何度か深く呼吸をして、吹き抜けになった天井を見上げる。遠い天井を見定めようとすると、あまりの高さにくらりとした。視線を床に戻し頭を振る。
「…………はぁ」
 早朝の教会、辺りに人の姿はない。しんとした広間に一人立っていると、また胸の底からため息が出た。ひんやりとした空気が肺を満たすと、思案でごちゃついていた頭が少しすっきりした。そして自分の左手のひらを見つめ、ぐっと握りしめる。
(…………くそ)
 ずっと腹の底で燻っていた感情の正体。それは、焦りだ。近くまで来ていたはずの手がかりを、寸でのところで失った。あの預言士が生きて目を覚ませば、聞き出せたことがあったはずだ。
 その先に何かが繋がっているのかは分からないが、少しでも情報が欲しい今、彼を失ったのは大きい。それと同時に、人の死をそう捉えてしまう自分に対しても苛立ちを感じていた。
 握っていた左手をゆっくり開く。当然、その手のひらには何もない。空を掴んでいた手のひらを見下ろしていると、背後でギィ、と扉の開く音がした。
「…………ティア」
 振り返り、こちらに歩いてくる彼女を迎えると、ティアはルークの正面に立って気遣わしげに訊ねた。
「大丈夫?」
 その問いに対して答える代わりに、そんなに大丈夫そうじゃない顔をしているだろうか、とルークが自分の顔に触る。
「彼の死は貴方の責任じゃない。あまり気に負わないで」
「……うん」
 ティアの言葉に反射的に頷く。反対に、それを見たティアは首を傾げた。
「……どうかした?」
「いや、さ」
 ティアがじっとルークを見上げる。答えづらさから頬を掻き目を逸らしたが、次第にルークはおずおずと口を開く。
「なんか、気持ち悪いんだ。そこまで来てた……掴みかけてたものが、直前になって逃げていくっていうか」
 ええ、とティアが頷く。そして少し俯いたかと思うと、踵を浮かせてルークの耳元に口を近づけた。
「ルーク、覚えておいて。これは────」
 ティアが何かを言いかけた時。
「あれじゃあ無理そうだな」
 扉が開くと共に、ガイとアニスが大聖堂を出てくるのが見えた。ティアもその気配を背中で感じ取り、とっさに身を引いた。
「だね……。そうなると────」
 アニスと何事かを話しつつ、広間にルーク達の姿を認めたガイは片手を軽く挙げて近寄ってくる。その後ろで、セングレン詠師が数人の教団員を引き連れて扉から出てくるのが見えた。しかしトリトハイムは出てこない。恐らくまだ大聖堂内で遺族らを慰めているのだろう。
 まだ距離がある中、セングレンは目が合うと此方に向かって歩いてきた。丁度ルーク達の正面まで来ていたガイは自分の背後を軽く振り返り、その目的を察するとアニスと共に少し脇に避けた。