赤狭指村民話集成
蠱糠
その昔、潮音の地に夫婦が住んでおった。
この夫婦、始めのうちは仲良く過ごしておったのじゃが、いつの間にか旦那の方が乱暴者になってしまってのう。女房を殴るわ蹴るわ、それはそれは酷い仕打ちを加えるようになったそうじゃ。
旦那の酷い仕打ちに毎晩泣いていた女房は、思い切って近所に住む老婆に相談した。するとその老婆は、自分の糠床から少量の糠を女房に分け与えてこう言ったそうじゃ。
「お前さん家の糠床にこの糠を混ぜ込んで、旦那への恨み言を呟きながら混ぜるんじゃ。
かき混ぜるのは必ず一日一回だけじゃ、じゃが一日たりとも欠かしてはいかん。
そして一年経ったら、その糠床で漬けた糠漬けを旦那に食わせるがよい。
苦しんで苦しんで苦しみ抜いてから、お陀仏になりよるからの。
じゃが、かき混ぜている間の一年は我慢せい。
一年より前に食わせても効果はないからの」
女房は老婆の言うとおり、一年間耐え忍んで糠床に恨み言をぶちまけ続けた。そして一年後、その糠床で漬けられた糠漬けを旦那に食べさせたそうじゃ。するとその旦那、翌日からいきなり寝込み出し、数ヶ月の間それはそれは苦しみ抜いて死んでいったそうじゃ。しかし、同じ糠漬けを食べた女房の方は、何も起こらなかったんじゃ。
その後、女房は自分と同じ境遇の女に糠を分け与え、多くの女房を蔑ろにした旦那たちを殺していったそうじゃ。
その、分け与えるたびに女房達の恨みつらみが凝り固まっていった糠は、女房達の間で密かに、太古の呪法である蠱毒に準えて蠱糠(ここう)と呼ばれたんじゃな。
この蠱糠はあくまで迷信に過ぎんが、未だに潮音地方では、女房に後ろめたいことがある旦那は、食卓に糠漬けが出るとビクッとするのも多いらしいのう。
(民話採取元:赤狭指郡 与坂 耕吉)