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赤狭指村民話集成

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輿葬



 時は戦国の頃。
 三方を海に囲まれた堅城、潮音城は、日毎夜毎の攻撃により既に風前の灯となっていた。あらゆる手段を尽くし抵抗を続けていた潮音城主、潮音 武政(しおね たけまさ)も、そろそろ潮時と諦め、城を枕に討死せんという状況だった。
 皮肉なほど美しい夕焼けを本丸から眺め、武政は思う。武士として、戦で死ぬ事は本懐である。残っている城兵たちもきっと同様の思いだろう。
「だが……」
物憂げな表情で武政は振り返る。凛とした表情で薙刀を手にしている愛娘、お藍(おらん)がどうしても城を立ち去ろうとしないのだ。

 戦による日焼けと汚れで、お藍の容姿はもう華奢な男のそれと大して変わらない。しかし、落城後に落ち延びようとすれば、落ち武者狩りに遭って即座に女だと発覚するだろう。その後は語るにも忍びない。しかし、それも戦国の常というもの。ある意味お互い様なのだ。
 いざという時となったら、自らの手で始末することも考えた。だが、亡き妻にそっくりな娘の横顔を見ていると、手が鈍りそうな予感がする。
 明日か、明後日か。城と自身の命数は極僅か。それまでにお藍をどうにかせねば……。武政は自身の運命より、娘の運命に苦悩していたのだった。

 その日の深夜、何事かを固く決意した武政は、残った城兵から決死隊を募った。そして、お藍を呼び出し、噛んで含めるように言い聞かせる。

「良いか、お藍。この戦に勝利するには、我らが信仰する大神の力が必要だ。
 我ら潮音家が、古来より綿津見大神を信仰しておるのは、お前も知っておろう。
 お前はこれからこの輿で海の底へと赴き、綿津見大神の御助力を仰いでこい。
 さすれば必ず、大神の御加護でこの戦に勝利し、潮音の家は末永く繁栄し続けるだろう」

連戦の疲労の中で出した結論だった。武政自身も、先ほど選出した決死隊も、綿津見大神が助けてくれるなんてこれっぽっちも思っていない。全ては、お藍に安らかに眠ってもらうためなのだ。
敵の雑兵に捕まり生き地獄を味わうよりは、今ここで輿による葬いを受けてもらいたい。
何もかもその一心なのだ。


「父上はわらわにだけ、安らかな死を与えてくれようと言うのか」

お藍も、その意図はすぐさま見抜いていた。そして、「そのような気遣いは無用」と一度は言いかけた。しかし、その言葉を心中に押し隠し「畏まりました」とだけ答えた。
 思えば今まで城に置いてくれただけでも、ずいぶんなわがままであった。それに父上亡き後、わらわが虜囚となれば、父上は死んでも死にきれぬであろう。もう一太刀、敵に浴びせかけられぬは無念だ。だが、父上の安らかな死のため、願い出てくれた決死隊のため。甘んじてこれを受け入れようではないか。

 こうして、身なりを清めたお藍は、半刻後には輿の上の人となっていた。敵の見張り番に見つからぬよう、お藍を乗せた輿は静かに城を立ち、浜から海へと着水する。

 簾から淡く蒼く差し込む月光に、お藍は美しく照らし出される。さっきまで裾を湿らせる程度だった水が、じわりじわりと腹から胸元へと忍び寄る。輿の担ぎ手たる決死隊たちの頭はもう水面の遥か下。だがそれでも輿は沖へと進み続けた。
 飛沫がお藍の鬢を濡らし、息も絶え絶えになった頃、最後の担ぎ手が力尽きたのか、輿はガクンと沈み落ちた。

 翌朝、武政以下全城兵は討死し、潮音城は落城した。


 だが、それから数日後。敵のものとなった潮音城、そこに突如潮音の海から高波が襲いかかった。その高波は潮音城の本丸まで優に届き、敵将から一兵卒にいたるまで何もかも全てを浚い尽くしていった。そして、誰も居なくなった城には赤ん坊が一人、ぽつんと取り残されていたという。


 その子は綿津見大神とお藍との間にできた子だと信じられ、後に潮音の姓を名乗った。その血は、現在でも脈々と受け継がれているという。

(民話採取元:潮音郡 豊田 いよ)
作品名:赤狭指村民話集成 作家名:六色塔