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隠し子

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 友里恵が今の広い敷地に転居して来たのは平成元年だった。転居してから数年は周辺の人達と話をすることはなく、家族とクループの仲間が出入りするだけで十分充実した暮らしができた。思えば引っ越してから31年、短いようで、波乱に飛んだ平成時代を駆け抜けて、穏やかな心境でここに一人で住んでいる。

 家庭内の嵐が過ぎて行く間には、最初に家族の最高齢の一人が亡くなって、相次いで二人の老人も死んだ。若い娘らは都会へ行った切りで、これからもこの町には帰って来たくないという者さえいる。退職したら帰るという者でも、友里恵自身それまで健康に独り暮らしはできないだろうと思っている。

 近隣の家も次々と入れ替わった。いなくなったのはいずれも転居当時年寄りだった人たちだ。現在付き合いがあるのは同年配もしくは10歳前後若い女性だ。お互いの家の内に入るほど親密ではないにしても、門の中へ入って立ち話をしたり物を上げたりもらったりする程度で付き合いが成り立っている。年齢の差があってもたわいない会話をする分には全く違和感がない。

 さりとて凡ての者が円満に繋がっているかといえばそうでもない。困ったちゃんとは用心しながら話をしているが、友里恵の本性としてはそうゆう手練手管はかなりきつい。
 
 今まで零か百かのどちらかでの付き合いで来たので、浅く、しかも万遍に笑顔が作れるかというとそのようなことは友里恵にとって無理なことで、内心では何を思ってるかわからないと気にしながらだとまるで狐か狸の化かし合いのような気がするのだ。


 つい最近四月から班長になった人物が自治会費を集めにきた。この老女は安心して付き合えると友里恵は思っているけれど、それも人を見る眼に自信がない友里恵にとっては怪しいものだ。
 
 友里恵は職場の経験もなく、兄弟姉妹の中で揉まれるという環境ではなかった、いわゆるお嬢様育ち、悪くいえば世間知らずなのだ。インプレッションだけで人を見ているので、後々裏切られることも多い。

 班長さんはそのとき突然何を思ったのか、思いもかけないことを実に平然と話し始めた。それは耳を疑うような話だったので友里恵は愕然とした。
その内容はいつも顔を合わしている奥様に男の子がいるという話だった。

 誰も知らないことなので、いわば隠し子だ。女性に隠し子が居る例は聞いたことがなかった。
 友里恵が転居してきて知るかぎりでは、奥様には娘が二人いる。隠し子はそれより年上のはずだから、随分若い時に産んでいることになる。他人にわからないように子供を産むというのはそう簡単なことではない。

 随分古い話だとは思うが、友里恵が転居してきた時には男の子はいなかった。奥様と同郷の友里恵の夫もそのようなことを言ったことはなかった。
 奥様は中学生の時に教師に求愛され、高校へ入学してからは毎日現在の住居に住んでいた教師宅に寄っていたと自身が語ったことがある。奥様は島にある自宅から通っていたはずだ。

 誰も知らない過去の秘密を抱えている奥様にとっては、その老女は目の上のたん瘤のような存在だろう。奥様はもう八十を超えているのでその秘め事を大事にお墓まで持っていくのだろうか。
 生まれた男の子が今どのような環境で暮らしているのか、不憫に思える友里恵である。

作品名:隠し子 作家名:笹峰霧子