Rusty Nail
「ご挨拶だな、死に損ない」
互いに憎まれ口をたたきながらも、チャールズはエドワードを家に迎え入れた。
「遠路はるばるやって来た友達に何か飲ませる物はないのか?」
「遠路はるばるとは大げさだ、たかが1マイルだろうが」
「若い頃の1マイルとは違うさ、30年前なら20分かそこらだったが、今じゃ1時間かかる」
エドワードは傍らのロッキングチェアにどっかりと腰を下ろした。
「老いぼれたもんだな」
そう言いながらチャールズはドランブイのボトルを手にする。
「そいつはお互い様だ……またあれか?」
「ああ、不満か?」
「いや、文句ない」
「だったら黙ってろ」
ドランブイのボトルには"Prince Charles Edward's Liqueur"と記されている、若き日にこのボトルを見つけ、互いにニヤリとしたものだ、それ以来チャールズもエドワードもドランブイを切らしたことはない。
もっとも、二人ともPrinceと言うような柄じゃないが。
チャールズは更にスコッチの封を切ってドランブイと共に2つのグラスに注いでステアすると、一方をエドワードに差し出した。
「俺とお前の腐れ縁に」
「ああ、腐れ縁に」
グラスを軽く合わせるとチャールズもロッキングチェアに腰を下ろした、チャールズは一人暮らしだが、同じ型のロッキングチェアを2脚置いてある、それに座るのはエドワードを除いてはごくまれに様子を見に来る息子ぐらいだが、頻度はエドワードの方がずっと高い。
スコッチ3にドランブイ1、そのカクテルはRusty Nailと呼ばれる。
『錆びた釘』の名の通り、赤茶色のカクテルだ。
そしてRusty Nailには『頑固者』と言う意味もある、錆びた釘は抜けにくい所から来た俗語、単なる頑固者ではなく年老いて融通の利かなくなった頑固者を指すのだろう。
その日の午後いっぱい、二人はロッキングチェアに揺られながら、一杯のRusty Nailを片手に向き合っていた。
時々はぽつり、ぽつりと思い出したように会話するが、付き合いが長すぎる上に二人とも退役して長い、語ることももうほとんどない。
「そろそろ日が陰って来た、俺は帰るとするよ」
「そうだな、お前のヨボヨボ歩きじゃ、家に着く前に暗くなっちまう」
「お前だって同じようなものだろうが」
「途中でくたばるんじゃないぞ」
「俺がどこで死のうが余計なお世話だ」
最後まで憎まれ口を叩きながらエドワードが帰って行くと、チャールズはRusty Nailをもう一杯作り、ロッキングチェアに座り込んだ。
何をするわけでもない、何を語り合うわけでもない、ただそこにいるだけでいい。
そんな友達は得難いものだ。
Rusty Nailにはもうひとつ意味がある……『旧友』だ。
錆びついた釘は容易に抜けないから。
チャールズとエドワードの間に流れた歳月もまた赤茶色に錆びつくほどに長い。
(2~3日の内に、今度はこっちから訪ねてやるか……)
チャールズはそう思いながらグラスを口に運んだ。
(終)
作品名:Rusty Nail 作家名:ST