チェンマイの空の下 (1)いつもの朝
西のステープ山が煙にかすむ。
街の空気に漂う、焚火の匂い。
毎年1-4月に繰り返される、山岳民族の野焼きによるものだった。
頬を撫でる、朝の風。
手にしたのは、1.5ℓのペットボトルに汲んだ水道水。
それを、コンクリートの小さな花壇に撒いていく。
私が住むのは3階。その次は階下だ。
各階の外壁に、小さな花壇が作りつけてあるのだ。
それが済むと3階に戻り、廊下の先の電気メータのところまで歩いて数値を確認。
ここに住み始めて以来繰り返される、毎日の日課。
前夜の水浴び後、部屋の冷房を28℃で1時間使うと1目盛り動く。
冷房と電気釜、レンジなどの加熱器具の併用は避ける。
電気使用メータの目盛りの動きが、大きくなるからだ。
1日の電気使用量は、極力2目盛り以内に抑える。
そう、心がけてきた。
愛着を覚える、数々の貧乏くさい習慣。
買い置きの果物の中から、バナナ2本と中粒完熟トマト2個、それにミカン1個を手に取る。
食事と果物は分けて食べるべし。
それは、2014年にネットで知りえた健康法だった。
果物の胃の滞留時間は、30分程度。
穀物や肉は、医中に2時間半以上留まる。
食事の最後に果物を摂ると、どうなるか?
未消化の食物が、果物に引き摺られて腸に落ちてしまう。
そうした、未消化食物は腸内で腐敗。
それが、長い間には癌などの原因にもなりえるという。
そう聞いてからは、食習慣を改めた私。
日本在住の親兄弟にも伝えた。
2014年。それは、父が肝臓癌の診断を受けた年だった。
果物を食べ終えた私は、歯磨きとデンタルフロスの後で買い物袋を手に取る。
更に、玄関近くに置かれたペットボトル付きのスプレー一つを袋に収める。
1階廊下に止めてある自転車のカギを外す。
愛用の自転車は、4年ほど前に中古で買ったミニサイクルだ。
前部には、特売雑貨屋で求めた大型の樹脂製買い物カゴが取り付けてある。
ハンドルに取り付けられた、ホルダーに先程のスプレーを入れる。
向かうは、チェンマイ市場。
チェンマイには旧市街、新市街問わず多数の公営市場がある。
公営市場の多くは、屋外の路上に設けられた露店や屋台からなる。
肉、魚、野菜、果物、菓子、衣類など多くの商品が商われる。
値段も、スーパーより格安であることが多い。
ペダルを漕ぐこと数分、目的地到着だ。
自転車を歩道の端に止めて、施錠する。
すぐ脇では、靴の修理職人が常設露店を構える。
狭い路地にあふれる人の波。
間をすり抜けながら、目当ての店へ向かう。
先ずは、米屋だ。求めるのはもち米800g。
20バーツ分が厚手のビニール袋に詰められている。
次は、卵屋へ。
持参した保護ケースを取り出し、購入分を詰めて貰い、最後に輪ゴムで止める。
こちらも、10個20バーツと安い。
最後は、鶏唐揚げの串刺しだ。1本10バーツ。
住まい近くの屋台では、分量が半分以下の焼き鳥が同じ値段。
それに比べると、大変なコスパだ。
近年の経済成長著しいタイ。
その為、物価上昇率が高いと言われる。
だが、チェンマイはタイの中でも低物価地域。
都会のすぐ外に広がる、農村地帯。
それが、最大の背景だ。
日常の買い物は、ローカル市場で。
外食は地元民用の大衆食堂で。
足は自転車。
そうした生活をすれば、毎月3万円程度で暮らすことも可能だ。
安い物価と、温和で優しい人々。
2つの恩恵を享受しつつ、今日もチェンマイに暮らす貧乏引退者の私。
私に「生きろ」と言ってくれた町、チェンマイ。
心安らぐタイの古都。
作品名:チェンマイの空の下 (1)いつもの朝 作家名:クロトラ猫