未練
思わずぼくは声をあげた。
制服姿のヤマノさんは照れたように笑った。
そしてぼくの渡したコッペパンとジュースを取り上げ、それぞれバーコードリーダーに通し、ビニール袋に入れると、レジに表示された合計金額をつたえた。
ヤマノさんはいわゆる美人というタイプでこそなかったが、頭の良い人で、端正な所作と知的なまなざしには独特の魅力があった。
そして文才がある、というべきか。
彼女が公募制の同人誌に投稿した文章は、すぐに採用された。
そこでコネができたのか、その後はいくつかの雑誌に短文を書いているようだった。
ぼくをはじめとして、同じ文芸サークルのメンバーである大学生たちは、みな彼女に一目置いていた。
そんなヤマノさんがコンビニエンスストアでアルバイトをしているのは、やや意外な情景に思えた。
しかし考えてみると、学生のアルバイト自体は何の不思議もないことである。
ぼくは財布から代金の小銭を取り出して、ヤマノさんに渡した。彼女はレジに代金をしまって、言った。
——あの、相談したいことがあるんだけど。
ヤマノさんは商品の入ったビニール袋をぼくに手渡した。
——どうしたの。
——それが、ね。……
口ごもった。いつもの彼女らしくない歯切れの悪さだった。
——ともかく話してみてください。聞くだけ聞いて、呑み込みますから。
ぼくは促した。
——うん、……
ヤマノさんは、途切れ途切れに話してくれた。
彼女のふるい知人の女性が、少し前に離婚してしまったのだという。
——どうしたのか、泣けて泣けて、仕方がないの。
話しながらその感情が蘇るのか、彼女の目は潤んでいた。
それを見ているうちに、ふと、ぼくは気がついた。
ヤマノさんは、その女性のことが好きなのだ。
(未練、なのかなあ)
ぼくはそう思った。
いったい、ヤマノさん自身は、そのことに気がついているのだろうか。
聡明な彼女のことだから、……いや、だからこそ気がついていないということがあるかもしれない。自分自身の感情というものは、その人の頭が良くても——いやそうであればなおさらのこと、自分自身に対する死角になることが多いものだ。
だが果たして、いまぼくの口から、ヤマノさんにそのことを伝えてあげるべきなのだろうか。
彼女自身も気がついていないとすれば、態々伝えるねうちはあるのか。
ぼくはしばし言葉を失った。
いつの間にかぼくの後ろには数人の客が並んでいた。買い物客が続けてやってきて、さらに列は伸びていく。
ちっと舌打ちの音がきこえた。
会計が終わったのに、詮方なくレジの前後に佇んでいるぼくとヤマノさんの二人を見て、客たちはすこしいらつき始めているようだった。
ぼくは焦った。なんとかしなければならなかった。しかしどうしたら良いか分からず、レジの前に立ち尽くしていた。