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何が見える? ~掌編集 今月のイラスト~

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「何が見える?」
 私は娘の希にそう聞いた……。
 
▽   ▽   ▽   ▽  ▽   ▽   ▽   ▽

 毎年、この場所で花見をして来た。
 結婚する前は、後に妻となる女性と二人で。
 結婚してから最初の十年間は妻と二人で。
 妻はいつもナズナの花を摘んで輪を作り、今希がしているのと同じように輪の中を覗いていた。

「何が見える?」
「未来よ」
 妻はいつもそう言って笑った。
「どんな未来?」
「それは内緒」
 妻の答えはいつもそうだった。
 だが、その顔を見ればその輪の中には幸せな未来が見えていたに違いないと思う。

 そして、結婚して十一年目。
 いつになく妻の顔が明るく輝いていた。
「何が見える?」
「赤ちゃん……可愛らしい女の子よ」
 妻はずっと子供を欲しがっていたが、一向に授からないので病院で調べたりもしてもらった。
 結果、私の方に子種が薄いことが判り、医師には『子供を授かる可能性がないわけではないが確率は低いでしょう』と言われていた。
「そうか、授かると良いな」
「大丈夫、見えるもの」
 妻はそう言ったが、その時は不妊の原因である私を気遣ってくれているのだと思った。
 しかし、妻が輪の中に見た未来は現実のものとなった。
 思いがけなく生まれて来てくれた娘に、私と妻は『希』と名付けた。
 待ち望んでいた子であり、私たち夫婦の希望だったからだ。
 私はその時四十歳、妻は三十八歳になっていた。
  
 それからは毎年三人での花見になった。
 その二十回目、妻は輪の中を覗いて顔を曇らせた。
「何が見えた?」
「……何にも……」
 
 翌年の花見はまた二人きりになってしまった。
 私と希の。
 前の年の初冬、妻は帰らぬ人となってしまったのだ。
 突然の心臓発作……花見の時に何か不調を感じていたとは到底思えない、それくらい突然のことだった。
 病魔は木枯らしに乗ってやって来て、あっという間に私から妻を、希から母を奪って行ってしまったのだ。

 翌年の花見は希と二人。
 希は母と同じように花の輪を作って覗き込んだ。
 私は「何が見える?」とは聞かなかった、いや、聞けなかった。
 希に恋人がいるのは知っていた、まだ会ってはいないが、希の話しぶりから察すると好青年のようだ。
 希の幸せを望む気持ちに偽りはない、しかし、私はまだ妻を失った痛手から立ち直れてはいなかった。
 しかも家の中のことはすべて妻に任せっきりで、私は洗濯機の使い方すら知らなかったのだ。
 その時の私には、輪の中に見えた未来を聞く勇気はなかった。

 それから私はひとつづつ、ひとつづつ、希に教わりながら家事を憶えて行った。
 いつか「何が見える?」と聞けるようになるために。
 そして、私は先月定年を迎えた。
 
▽   ▽   ▽   ▽  ▽   ▽   ▽   ▽

「何が見える?」
「ウエディングドレス姿の私……」
「そうか……彼はそう言ってくれたんだな?」
「……うん……お父さん、一人で大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ、まだ何をやるにも時間がかかるが、時間だけはたっぷりあるからな」

 予想はしていた。
 希の恋人とは既に会っている、彼もまた早くに父親を亡くして母親を支えて来たのだ、希を託すに値する、地に足の着いたしっかりした若者だった。
 彼の母親にも会った、控えめで慎ましやかな、優しそうな女性で安心した……。
 
 そして建設会社に勤める彼は今年東南アジアに赴任する、現地で大きなプロジェクトに参加することになっているのだ。
 寂しくないと言えば嘘になる……年を追うごとに亡くなった妻に似て来る希を手放したくはない、しかし、今を置いて希を自由にしてやれる時はない。
「おめでとう、幸せにな……」
 私は輪を反対側から覗き込んで言った。
 幸せそうに笑っている希の姿が見えた……。

「あのね、もうひとつ見えたものがあるの」
「何が見えた?」
「お父さん、素敵な女性(ひと)と一緒だったよ」
「ははは、それは間違いだろう、こんな爺さんと一緒になろうなんて女性はいないさ、心当たりもないしな」
「う~ん……でもね、そんなに歳が離れてはいないよ、五つ下なだけ」
「なんだ? 随分と具体的だな」
「その女性(ひと)も旦那さんを早くに亡くしてるんだ、それで、今度は息子さんが遠くへ赴任しちゃうんだって……」
「…………」

 妻が輪の中に見た未来はことごとく当たっていた。
 だが、希がその能力を引き継いでいるかどうか、私は知らない。

(終)