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愛シテル

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「馬鹿馬鹿しい。だったら私を嫌がらせるほど、少しでも長く生きたいと思わないのか」
 煙草はすぐに短くなる。リクヤは間をおかず、すぐにまた一本を取り出した。吹き始めた風でライターの炎が揺れ、なかなか煙草に火が移らない。軽く舌打ちした彼のために、ジェフリーは風よけに手を貸してやった。最近、禁煙を決意したと聞いていたが、今のペースは以前よりも早い。それについて、ジェフリーは触れなかった。
「いきなり告知されて、今は気が動転しているんだろう。HIVがネガティブだったことに大喜びした後、これだからね。冷静になれば何が最善か、考えるようになるさ。今回のチームは君の希望も入っているんだろう?」
 執刀医(外科医)、内科医を始め、放射線科、腫瘍科でも、マクレインでは最高の技能を持つ医師で治療チームは編成されていた。アメリカのみならず、世界的な有名人の治療にあたるのだから、たとえ末期医療となるにしても、マクレインの威信がかかっている。
 このチーム編成を、病院側より先にオーダーしたのはリクヤだった。外部から医師を招聘する場合は、どこの誰が適任かも添えられていた。先日の血液検査の結果を見た時から、メンバーは頭にあったのだろう。MRIの結果次第では無駄になるかも知れないのに、最悪の場合を想定して。
――何だかんだ言っても、リックは彼のことを気にかけているんだな
 ジェフリーは目の前で何気ない風に煙草をふかすリクヤを見つめた。
 癌ともなれば担当外となる。患者はチームの管理下に置かれ、救命救急が専門のリクヤに口を挟む余地はなかった。彼は考えつくだけの最善の事を、ユアン・グリフィスにしておこうと思ったのだろう。同じ病院内にいても、これから先、彼が出来ることと言えば、病室に顔を出すことくらいだ。
「せいぜい、顔を出してやれよ。彼にとって一番の治療は、君の存在なんだから。生きる意欲が治療に効果を発揮することは証明されている。万に一つの可能性がないとは言い切れないからね」
「ドクターのくせに、非科学的なことを考えるんだな、君は?」
「ドクターである前に人間だから、非科学的なことも信じたくなるんだよ。君だって、可能性を信じて、あのメンバーをリスト・アップしたんだろ? あれは治療を前提にした面子だ」
「結局、延命治療にしかならない」
「一緒だろ? 彼に長生きして欲しいと思う気持ちは」
「患者が誰であろうと、同じようにしたさ。それに今回は、大ピアニストのユアン・グリフィスだし」
「素直じゃないね。まあ、そう言うことにしておくかな」
 ジェフリーはニヤリと笑って見せたが、リクヤは表情を変えなかった。
 医療従事者用の携帯電話が鳴った。マクレインの医師は公私いずれの時も常時、携帯することを義務づけられているが、ポケットを探ったのはジェフリーだけだった。リクヤは多分、電源を切っているのだろう。ジェフリーが彼の姿を探している間も繋がらなかった。
 電話はERからで、正確にはリクヤ宛だった。代わって一言二言――内容から投薬の確認らしい――指示を出すと、ジェフリーに電話を返した。
「そろそろ帰るよ。君、どうする?」
と、ジェフリーは時計を見た。午前零時になろうとしている。彼自身の勤務時間はとっくに終わっていた。リクヤと話が出来たことだし、これ以上、居残る理由もない。
「私は夜勤だ。もう少し休憩して行く。本当は夕方までオフのはずだったんだ」
「そっか。だったら電源、入れておけよ」
 帰る足をジェフリーは止め、リクヤの元に戻った。それからコートを脱ぐと、彼に差し出す。
「着たまえよ。風邪引くぞ。倒れられたら、とばっちりは同期の誼(よしみ)でこっちに来るんだからな。みんな、人を気軽に使い回すんだぜ」
 ジェフリーのその言葉に、やっとリクヤは表情を崩し、「ありがとう」とコートを受け取った。
 今度こそ駐車場へ向かいながら、ジェフリーはもう一度、リクヤを振り返った。彼はこちらに背を向け、夜のビル群を見上げているようだったが、実際のところ、何を見ているのかジェフリーにはわからない。それは今に始まったことではなかった。医学生の頃からになるから二人の付き合いは長かったが、リクヤにはどこか、人を内側に踏み込ませないところがあった。他愛のない冗談を言いもするし、笑いもする。翌日の仕事のことなど考えずに、踊り明かしたこともある。ジェフリーが最初の離婚でもめて落ち込んでいた時も、彼は嫌がらずに愚痴を聞き、飲み歩きに付き合ってくれた。
――だけど、自分のことには一線を引いていた…かも知れない
  踏み込まない方が良い時もある。
  高層ビルの遥か上空には、細い三日月が浮かんでいた。地上の賑やかな明かりとは対照的に、月の周りには星も、一片の雲さえも見えない。
 孤高のその欠けた月に、ジェフリーはリクヤの姿を重ねた。


作品名:愛シテル 作家名:紙森けい