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あざといあなたとずるい私

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「あざとい……なんで生き物の赤ちゃんってこんな、あざといくらい可愛いんでしょうね……」

 テレビ画面を見つめたまま、名城さんはぼんやりした調子で呟いた。どう見ても脱力しているようにしか見えないが、以前聞いた話によると、本人的にはこれは「いたく感銘を受けて感動している状態」であるらしい。

「あざとい、は褒め言葉ではないと思いますが」
「そーなんですよね、どっちかってーと悪いニュアンスなんですよね本来。それでも使っちゃうのはこう、あれだ、おいしそうなものを見た時になにそれずるい絶対おいしい! とか言っちゃう人いるじゃないですかっていうかあたしですけど。なんかそんな気分なんです……可愛すぎて悔しいっていうか」

 クッションを抱きしめたまま、名城さんは拳を握って力説する。けれど赤フレームの眼鏡の奥にある瞳は相変わらず茫洋として、視線が定まらない。熱の入った語り口から伝わる印象や本人の感情と、今にも閉じられそうに細められた瞳から受ける外見イメージがどうにも相反している。

 彼女にはこういう、少しだけかすんだような部分がある。

 普段の彼女は明朗快活、単純明快と言っていい類の人物だろうし、言動も好んで直球を投げてくるタイプだ。なのに、いざこちらが「それ」を掴もうとすると途端にただの直球ではなくなる。真っ直ぐだと思っていた路の上に不意に穴があいたような、一瞬足元が揺らぐような浮遊感を覚える。

 こうして親しくならなかったなら、今でも彼女を「ごく単純な、記号的な人格を演じている女性」だと思ったままでいただろう。
 ふしぎな人だな、と思う。そう言うと「高屋さんのがよっぽど不思議ちゃんでしょ」と心底嫌そうな顔をされるのでいわないけれど。

「可愛すぎて悔しい、ですか」
「ですです。可愛くて見てるだけでしあわせなんだけど、相手の思うつぼっていうか狙い通りっていうか、ほーらほら可愛いだろうってどーんと貼られたテンプレートにものの見事にやられちゃうのがなんか恥ずかしいっていうか……ああ、赤ちゃんの場合は自分で狙ってるわけじゃなくて、遺伝的な意味でになりますかね」
「そうなりますね。動物の赤子というものは全体的に、保護欲をそそる愛らしい姿であるよう進化してきたものですから」
「ねー……ほんと狡猾に出来てますよね、人間含む動物って……」

 ごろん、とクッションごと横に倒れた彼女の頭が膝に乗った。
 嗜めようかとも思ったが、心地よさそうに閉じられた目を見ていると何も言えなくなる。ため息交じりに彼女の赤茶に染めた髪を撫でると、くく、と女性にあるまじき悪人のような笑い声がした。

「今のときめいた。赤ちゃんだけじゃなくて大人もずるいですよね。高屋さんもずるい」
「――狡猾という意味でなら、あなたも大概だと思いますが」
「えー、そうですかね。どっちかって言うと単純とか馬鹿とか言われるタイプだと思うんすけど」
「ええ。私が貴方をどれだけ恋うているか知っていて、意識もせずこんな愛らしい振る舞いをするんですから。無自覚かつ自然にこんな事が出来るなんて、女性と言うのは恐ろしく狡猾ですね」

 ごふ、と膝の上で彼女がむせた。
 思わず笑うと、彼女はむくれた顔をして「ほーらずるい」と呟いた。


<完>