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暦 ―こよみ―

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師走(一)それぞれの師走


 今年も十二月に入り、世の中、年の瀬へ向かって気忙しい空気が流れ始めていた。真中由紀子の周辺は、加えてそれぞれ自分たちの新たな暮らしが始まるとあって、その居場所づくりに追われる日々を送っていた。
 まずは由紀子本人。婚約者の直樹が、母親の旅立ちと同時に由紀子との新居に引っ越した。来月からは自分もそこで暮らすことになる由紀子は、その準備に余念がない。毎日のように会社帰りによっては、足りないもののチェックや、直樹の世話に明け暮れた。もちろん、式場や会社に提出する書類などの総点検も佳境に入っている。
「由紀子さんが毎日寄ってくれるから、仕事からまっすぐ帰ってきてしまうよ。楽しみだからな」
「まあ。結婚してからも、ぜひそうしてくださいね」
「もちろんだよ。あれ、もう帰っちゃうの?」
「また明日来ますね」
 
 妹の早紀子も、相変わらず横浜の節子宅に顔を見せていた。正確には、その離れを借りている渉の元に行っていたのだが。渉は就職と同時に、家賃を支払う普通の間借り人になっていた。ただひとつ、免許取得の際の約束が、ただの大家と店子の関係ではないことを示している。
「渉くん、明日、通院日なんだけど送ってもらえるかな?」
 そんな重雄に渉は笑顔で答えた。
「もちろん、おじさんの月に一度の通院日はちゃんと予定に入れてあります。明日はお天気もいいようなので、帰りにどこか寄りますか? そろそろ、クリスマスの飾りつけで街も賑やかになってきましたから」
「あら、いいわね、そんな通院なら私もついて行こうかしら」
 節子が言った。
「え、じゃ私も行きたい。実は渉に合わせて、明日は私も休みをとっておいたんだ」
 早紀子も加わった。
「おいおい、みんなで俺の通院についてくるのかい?」
「伯父さん、明日を楽しみにしているわ。どこがいいかしら?」
 
 金沢の真中本家では、栄吉、文江の老夫婦と長男政興、さらにその長男久興親子の三世代四人暮らしが本格的にスタートしていた。
 長い間、老夫婦ふたり暮らしだった栄吉は、そろそろお迎えが来るかもしれない、その前に東京へ行ってみんなの暮らしぶりを見て来ようと思い立ち、今年初めに思い切って東京へ向かった。それが、まさかこんな生活がやって来るとは思いもしなかった。
 上京した時、長男の政興宅では気位の高い嫁香津子に気を遣い、早々と和孝宅へ引き揚げてしまった。なので、政興は元より、孫の久興や優とも挨拶を交わした程度でろくに話もしなかった。そんな政興親子とともに暮らすことになるなんて、長生きはするものだと栄吉はしみじみ思った。
 家のことは長年やって来た文江が変わらず取り仕切ったが、何分高齢ということで、実際に動くのは政興親子だった。そして畑仕事の方は、栄吉と久興が肩を並べて作業に当たった。栄吉は、いつまでこうして畑に立って久興に教えられるかわからないという焦りを感じつつも、生きがいを見出したことで、毎日気持ちよく汗を流した。
 政興は、母の家事を手助けしながら事務所に通い、一家を支える収入を稼いだ。東京での仕事とは質も量もまるで違ったが、不満などは微塵も感じない。むしろ、重責に追われることのない今の暮らしの方が心にも体にも断然いい。定年など気にせず、のんびり自分のペースでやれるのもありがたかった。
 夕方事務所を出て家へ帰る道すがら、畑の近くに差し掛かると、久興の姿が見えた。がんばっているなと思い、声をかけようと思った時だった。隣にもうひとつの人影が見えた。あれは栄吉ではない。たしか、隣の畑のさっちゃんだ、そう気がつき、政興は声をかけるのをやめた。仲良く畑の手入れをしている若いふたりを横目に、政興はひとり家に向かった。自然と鼻歌がこぼれた。
 
 一方、東京の真中家では、由紀子の両親、和孝と保子は寂しい日々を送っていた。娘ふたりが、家には寝に帰ってくるような暮らしを続けていたからだ。
 今夜も、保子一人を相手に和孝は晩酌をしていた。
「とうとう、ふたりっきりになってしまったな」
「そうですね、三人も子どもがいて、小さい時はあんなに賑やかだったのに……」
「まあ、無事に育ってくれて、自立したんだから文句を言ったら罰が当たるな」
「でも、横浜のお義姉さんのところなんか、うちの早紀子が入り浸っているんですよ。それも渉さんという同居人までいるんですから賑やかでいいですねえ」
「まあ、そうだが、姉さんのところは子どもがいなくて今までずっと寂しい思いをしてきたんだ、よかったじゃないか」
「それに、金沢のお義父さんたちのところだって、政興お義兄さん親子が同居し始めたそうですよね。四人暮らしで、お義母さんたちも心強いでしょうね」
「ああ、これで年寄りだけの暮らしでなくなったのだから、本当によかったよ」
「あなたも一安心ね」
「まあ、長男の兄貴が見てくれているのだから当然といえば当然だがな」
「直樹さんのお母さんも、あちらで黒木さん親子と三人暮らしだそうですもの」
「うちだって、四人暮らしじゃないか」
「まあ、一応はね。でも、ほとんど二人きりですよ」
「おまえ、そんなに俺と二人でいるのが不満なのか?」
「そういうわけではないですけど……」
「よし! じゃ、こうしよう。今度温泉でも行って、美味いものを食べて来よう。どこでもいいぞ。どこがいい?」
「あなたと二人でですか……」
「おい……」

作品名:暦 ―こよみ― 作家名:鏡湖