暦 ―こよみ―
皐月(三)友人たちの見立て
由紀子は今日、久しぶりに高校時代の仲良し三人組、智代と雅実に会うことになっていた。その中の一人智代に子どもが生まれ、雅実とともに出産の祝いに行くことになったのだ。そして、なんとその雅実もお腹に子どもがいて、年内出産の予定だった。
智代の住むマンションは駅から離れているためか、周辺は静かで通り道に公園もある。子育ての環境には適しているという話をしながら、由紀子と雅実は、さすがしっかりものの智代だと意見が合った。
マンションに着き、リビングに通されたふたりは、片隅に置かれている小さなベビーベッドですやすやと眠っている赤ん坊と対面した。
「まあ、かわいいわねえ」
「ほんと、よく眠っているわ。でも、ずいぶんちっちゃいのね」
声をひそめて囁き合いながら、ふたりはしばらくその寝顔を見つめていた。
「お茶が入ったからどうぞ」
智代に声をかけられ、ふたりはダイニングテーブルの椅子に座った。
「智代、ママになるってどんな感じ?」
半年後には自分も母になる雅実が最も知りたいことである。
「そうね、出産の苦労話はやめておくわね、雅実が怖気づくといけないから。でも、その後に訪れた幸福感はとても言葉では言い表せないものよ。ただ、直後に見せられた赤ちゃんがまるでお猿さんみたいにしわくちゃだったのには驚いたけどね」
「ふ〜ん、それで育児の方はどう?」
「それはもう大変よ、昼も夜も休みなしですもの」
智代と雅実は、しばらくの間、育児談義に花を咲かせた。ひとり蚊帳の外の由紀子は黙ってその会話に耳を傾けていた。すると、突然、智代が言った。
「そういえば由紀子、彼ができたんだって?」
「あら、おめでとう。へえ、由紀子もとうとうか……」
それから、話題は由紀子の恋愛の方へと急展開した。
「そうだ、由紀子、あなたも子ども作っちゃいなさいよ。そうすれば、私たちの子どもも三人そろって同級生よ!」
雅美のとんでもない思い付きに、智代もそれは名案とばかりに乗ってきた。
「そうね、そうなったらステキね。今からならぎりぎり間に合うわ、来年でも早生まれならいいんですもの。親友の同級生の子どもがそろって同級生だなんて滅多にないことよね、それも三人よ、すごいわ!」
「そうよね、由紀子そうしなさいよ。順番なんて今の世の中関係ないわ。籍だけちゃちゃっと入れてしまえば、式なんて後でいいんだから」
「そう言えば、子連れ結婚式だって今時は珍しくないものね」
勝手に盛り上がっている二人に、由紀子は困惑して言った。
「とんでもない、子どもどころか結婚だってまだわからないんですもの」
「え? だってもう私たちの歳ですもの、お互いに結婚を考えて付き合っているんでしょ?」
「ええ、まあ、あちらはそのようなんだけど……」
「ってことは、由紀子が乗り気じゃないってこと?」
「うまく言えないんだけど、このまま結婚しちゃっていいのかなっていうか……」
「何、マリッジブルー?」
「いいえ、だから、その……彼と一生をともにするという気にはまだなれないというか……」
「由紀子って、昔から奥手だったものね」
「そうそう、まともに付き合った人なんか、いなかったんじゃない?」
「ええ、実はそうなの。私、すごく好きっていう感情が湧いたことがないの」
「そんなバカな! 付き合っていれば感じるでしょ、ああ、私にはこの人しかいないって」
「そんなものなの?」
「あらやだ、本当に感じたことないの? 由紀子は」
「ええ、ないような気がする……」
「私なんて惚れっぽいからすぐに夢中になってしまうわ。あ、もちろん若い頃の話よ。今はお腹の赤ちゃんのことしか頭にないから」
「じゃあ、雅実はどうして今のご主人を選んだの?」
「そうねえ、どうしてかなあ? もう遊び疲れたから、な〜んてね。たぶん、今のダンナが一番楽だったからだと思うわ。長く一緒に暮らすことになるのだからそれが一番よ」
「そうね。じゃ、智代は?」
「え! 私? そうね、決め手はやっぱりやさしいところかな。とにかくやさしい人なの」
「そうなんだ、やさしくて、いっしょにいて楽な人か……あれ、好きって言う気持ちはどこへ行ったの?」
「そんなの言うまでもない大前提に決まってるじゃない! ねえ、智代」
「そうよ、そもそも好きでなければ付き合わないでしょ?」
「由紀子、まさか嫌々付き合っているわけ?」
「そんなことないわ。初めて出会った時になぜだか心に残って、私の方から会いに行ったようなものですもの」
「え! すごいじゃない! 由紀子がそんな気になるなんてどんなイケメンかしら、今度、ぜひ会わせて!」
「雅実ったら。それで、相手も由紀子に好意を持ったわけでしょ? いったい何が問題だというわけ?」
「それが……私にもよくわからないのよ……」
「いいと思った、でもそれ以上進展しないってことか」
「う〜ん、そうなるとたしかにちょっと難しい感じもするわね」
「両想いなのになんでそんなことになるのか私にはわからないけど、焦ることないわよ、まだ付き合ったばかりなんでしょ?」
そんな雅実の言葉に由紀子は呆れた。
「あら、さっきは子どもを作れとか言ってたくせに」
「だって、当の本人がそんなじゃ周りが騒いだって仕方ないわ」
智代も雅実の言葉にうなずいた。ふたりは先ほどの盛り上がりがしぼんでしまい、がっかりした様子だった。
「どうやら、三人そろって同級生の子どもを持つのは無理みたいね」
「そのようね。由紀子のことだから、まだ手も握ってないんじゃない?」
「それは……」
手はまだだけど、キスなら、とは言えない。
「彼にはよほど積極的に出てもらわなければこのままこう着状態が続くだけね」
「そうね、思い切って旅行にでも誘ってくれないかしらね」
由紀子はハッとして答えた。
「旅行には誘われたわよ」
「え! それで?」
ふたりは色めきたった。
「行って来たわよ。」
「ええ!? すごいじゃない!」
「あれ? それで手も握ってないってどういうこと?」
「彼のお母さんと出かけたの」
「なによ、それ?」
ふたりは、きょとんとして顔を見合わせた。そんなふたりに、由紀子は経緯を話した。