We really miss you
2033年12月下旬、LOVE BRAVEは、オンタリオ州のノースベイという小都市に里帰りに来た。ニピシング湖の北側にあるこの町は、カナダの大自然に囲まれたとても美しい町として有名である。穏やかでのんびりした雰囲気に満ちたノースベイは、世界的なロックバンドが生まれ育った地ということもあり、いつしかオンタリオ州でも人気の観光地になっていた。地元の人々も、すっかりLOVE BRAVEを「ノースベイの雄」と見なしている。
ヴォーカルのフィル、ギターのヒューゴ、ベースのジミーは毎年この時期に冬休みを過ごし、家族や古い友人と談話やスキーなどの娯楽をする。そうすると、彼らの心は自然と10代の頃に戻って、楽しい気分になれるのだ。また、ギターのスティーブンは生まれも育ちもトロントだが、数年前からフィルたちの里帰りに同行するようになり、父の故郷であるノースベイには愛着を持っている。そのおかげで、この町にも彼の知り合いが多くなった。
ある晴れた日、LOVE BRAVEはスティーブンの母サラも一緒にノースベイのとある墓地を訪れた。このバンドの初代リーダーがそこの一角で眠っているのだ。彼の墓石は地面に埋め込まれたような四角いプレート型で、その上部には両端を十字架で飾られた「SCHULZ」という故人の名字が刻まれ、中央には祈る仕草をする天使の絵が彫られている。その左側には「TIMOTHY JOHN ROBERT」、その少し下には「Oct.1,1994−Dec.4,2016」と刻まれている。また、墓石の下部には、日本語に訳すと「心の清い人々は幸いである その人たちは神を見る(マタイ5:8)」という聖書の言葉が刻まれている。そのうえ、その周囲には墓石を埋め尽くさんばかりに大量の花束やメッセージカード、故人の古くも美しい写真の数々、そしてLOVE BRAVEのCDが何枚も捧げられている。
「これは日本のお土産。ずっとティムにあげたかったんだ」
そう言うと、フィルは、その年の8月に来日した際に買った信楽焼のタヌキを墓石のそばに置いた。実はティムは生前、一度も日本に行ったことがなかった。そのため、フィルは日本を感じられる品を自分なりのセンスで選び、天国の親友に捧げることを決めていた。彼はしばらく無言で墓石を見てから、ひざまずいて十字を切り、お祈りをした。
(神様、今はあなたの御国に居るティモシーと出会えたことに、深く感謝します。あなたのみ旨によって作られた僕たちの絆が、これからもずっと続きますように)
そのうちに、彼の胸にいろいろな思いがこみ上げて、涙が何度も彼の頬をつたった。
次に、ヒューゴがシルバー製のシンプルなクロスのネックレスを墓石の上に置いた。
「おまえは昔からクロスが似合う男だったな」
彼は、自分が捧げたばかりのネックレスを身に着けている昔の相棒の姿を想像して、ほほ笑んだ。
「『宣教師じゃないよ、俺』ってティムは言いそうだな。まあ、クロスがお似合いなのは確かだけどさ」
ジミーが不意にそう言ったので、一同は軽く笑った。そしてヒューゴは腰を落とすと、目を閉じて指を組んで祈った。
(ティム、おまえが居なくて、やっぱり俺たち寂しいよ。いつになるか分かんねえけど、俺たちもそっちに来たときに、またLOVE BRAVEで活動できるように、神様に伝えてくれるかな)
それから、ジミーがロックなブーツを履き、レスポールのようなギターを構えた猫のぬいぐるみを置いた。
「このぬいぐるみ、どことなくティムに雰囲気が似てるだろ?だから、これはおまえにやるよ」
ジミーはしゃがんで十字を切ると、しばらく祈りをささげた。
(自分たちな、ティムが居たらなあ、と今でも思うことがあるよ。自分たちは相変わらずハチャメチャやってるけど、どうか神様やマリア様、天使たちとともに、自分たちを見守っててね)
今度はティムの息子スティーブンが、
「これ、今やってるライブツアーのグッズの一つで、KanjiTシャツだよ。メンバーの名字が漢字で書かれてるんだ」
と言うと、胸元に青色で「珠瑠津」という漢字と、その少し上に小さく書かれた「Schulz」という字がプリントされたスカイブルーのTシャツを置いた。そのあと、彼は父の名前が刻まれた所を右手で触り、目を閉じて無言で祈った。
「…父さん、実は俺、今年の初めぐらいから曲作りするようになったんだ。こないだリリースしたアルバムにも、俺の作った曲が入ってるよ」
スティーブンがそう言ったとき、フィルの脳内でその曲のサビが流れ始めた。それとほぼ同時に、LOVE BRAVEの現リーダーは再び涙した。彼の涙は仲間たちの脳内のプレイスイッチを押し、一人、また一人とすすり泣きし出した。普段は人前で泣くことのないヒューゴでさえも。
やがて、ティムの最愛の妻サラが供え物をする番になった。彼女は、ティムの誕生花である赤い菊の花束を墓前に置いた。― その花言葉は、「あなたを愛しています」である ―
そして、夫の名前が刻まれた所を右手で触り、しばらく無言で目を閉じていたが、やがて目を開いて墓標をいとおしそうに見つめながら話し出した。
「ティム、スティーブたちは音楽活動で忙しいけれど、本当に楽しそうに自分たちの音楽をやっているわ。こんなに素敵なバンドを結成してくれて本当に…本当に…ありがとう…」
言い終わる頃には涙声になり、言葉を継げなかった。それでもフィル、ヒューゴ、ジミー、スティーブンは口々に
「ありがとう」
と、LOVE BRAVEの創設者に感謝の言葉を述べた。それからしばらく、一同は沈黙して墓碑を見つめた。いつもバンドを上手にまとめていた、明るいリーダー。まじめだったが、ひどい方向音痴で、みんなに迷惑を掛けたこともあるちょっと抜けた男。そして、音楽と人への愛に満ちた、心優しき青年…。
わずか22年で生涯を閉ざされたティム・シュルツという人間を、彼らは決して忘れることはないだろう。
作品名:We really miss you 作家名:藍城 舞美