Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
第屍話「月」THE MOON
同盟軍は以前から、権力闘争に明け暮れて来た事でも知られている。例えば、大森義勇軍を率いる十三宮寿能城代顕(とさみや じゅのうじょうだい あきら)が、第四中隊司令官の新羅文部隆潮(しらぎ もんぶ りゅうちょう)と、長栄山基地にて会談を行った時の事である。
新羅 文部 隆潮
「数箇月前より、御主(おぬし)らの義勇隊に関して、不審な点があるとの照会を受けておる。ついては、妾(わらわ)が要求する情報を可及的速やかに提出すると共に、査問委員会における聴取を命ずる!」
十三宮顕「我々の義勇軍は、第四中隊と対等な同盟を結ぶ、独立した民兵であり、全ての指揮は、法の支配に基づき当職が行います。公僕(public servant)たる武官が、私人に対して命令を下すのは、職権濫用だと考えます」
新羅隆潮「御主も相変わらず、面倒な奴よの…なれば、単刀直入に申してやろう。義勇隊の財を、当方に返還し給え。これが、最後の要求ぞ」
十三宮顕「『返還』ですって? 義勇軍の私有財産は、当然ながら義勇軍の物です。そして、その所有権を代表するのが私です。それをあたかも、式部殿ら第四中隊首脳の財であるかの如く偽るなど、詐欺に等しいですよ!」
新羅隆潮「飽くまで拒否するか…そうなると、御主らは義勇兵としての資格を欠くと言わざるを得ない。解任…いや、『総辞職』を覚悟なされよ。万一、御主が首を挿(す)げ替えられても、妾は保障せぬぞ?」
十三宮顕「私の首を斬る? 上官でもない式部殿が? 恫喝に屈しなければ、当職の名誉に対する加害を告知するとは、脅迫も甚だしい! それは立派な犯罪ですよ、式部殿!」
新羅隆潮「御主の引退が、司令部の意向じゃ、寿能城代よ。同盟が勝利を手にするためには、我らが母なる久遠の大地において、全ての軍人・市民・学生が、唯一の指揮命令系統にて団結せねばならぬ。御主らに、それを乱されては困るのじゃ! 本件の円満な解決を期するため、忖度(そんたく)してはくれまいか?」
十三宮顕「民間人に『団結』とやらを強要するとは、式部殿も共産主義者(communist)に成り下がりましたか! もし、当職に何らかの違法行為があるとお考えならば、こんな密室ではなく、堂々と政府に告発なされよ。但し、その際には私達も、あなた方の不当な圧力・介入・干渉に関して、告訴をさせて頂く事になるでしょう!」
新羅文部(式部)は、実直で正義感が強く、常に規則を重んずるなど、極めて有能な軍官僚であり、この点は寿能城代からも一応評価されている。ただ、その生真面目さが行き過ぎる事もあると言われ、特に近年は、義勇軍の権限を自らの支配下に編入せんと企図し、これに従わぬ「一匹狼」の寿能城代を失脚させようとしたため、両者の対立が激化している。
十三宮顕「何が『円満解決』だ! 血税泥棒めっ!」
紅葉の季節は過ぎ、桜花の季節も未だ遠い長栄山には、樹齢数百年の森林が広がっていた。
新羅隆潮「…民(たみ)の安寧は松樹(しょうじゅ)の如し、末永く護持するには、秩序の死守が絶対に必要じゃ…寿能城代、そろそろ始末したほうが良いかの…」
作品名:Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変― 作家名:スライダーの会