Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
第七話「世界」THE WORLD
2018年2月、長きに及んだ武蔵野共和国と三鷹公国の対立は、第二次武蔵野戦争という形に結実し、その戦禍は東京自由都市同盟をも脅かした。取り分け、原子核弾頭による電磁パルス攻撃や、生物兵器による「食人種」の開発は、多大な混乱を及ぼした。特に後者に関しては、地域共同体の市民同士が、互いを感染者ではないかと疑心暗鬼し、場合によっては殺害する「人狼事件」を引き起こし、その被害者は百人以上に達するとも言われている。大韓共和国においてオリンピア競技祭(Olympic)が開催され、高麗半島の将来的統一と、我が国を含む極東アジアの平和的安定が多少なりとも期待される中で、日本列島を襲った一大内戦は、今なお私達の心身に、深い傷痕を刻み続けている。
この戦争の終結に貢献した、六人の英雄…いわゆる「アプリコーゼン中隊」に関しては、未だに謎が多い。彼らの正体は、当時の大森軍管区第三中隊に所属していた美保関天満・﨔木夜慧と、同第四中隊の生田兵庫・斎宮星見・塔樹無敎・本行寺道理だったのではないか…などと言われているが、第三中隊の禅定門念々佳・雅楽莓・黒沢蓬艾をその一員に挙げる資料も存在し、定説には至っていない。戦後、彼らの行方が全く不明となってしまった今、真実を明らかにする事は困難だが、いずれにせよ、アプリコーゼン中隊の存在は、私達一人ひとりの心に、希望の光を灯し続けている。
十三宮仁「…これで、全て終わったんだね…」
「ああ…」
十三宮仁「この平和が、今度こそ、ずっと続きますように…!」
「それこそが、私達に残された『任務』だよ…きっと」
私達は再び、天空を見上げる。今はもう、この近くには居ないかも知れない。けれど…あの時、あの大空に、確かに彼らは居た。折しも、卒業と入学、別れと出逢いの季節である。ならば私達は、彼らを祝福しなければならない。
十三宮仁「おめでとう」
「…」
そして…英雄達の輝かしい活躍の裏には、名前すら遺せずに散って逝った、数多の人々が存在したという事も、決して忘れてはならない。過去に消えた彼らにとって、私達が無為に過ごしている現在は、誰よりも待ち望んだ未来であったに違いない。それら全ての生命と、彼らの想いの果てに、こうして私達が存在できているならば、私は…私達は、何度でも感謝しなければならない。だから…。
十三宮仁「ありがとう」
作品名:Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変― 作家名:スライダーの会