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Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―

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塔樹無敎「…済まない…みん、な…」

 凶弾は塔樹無敎の心臓を貫通し、彼の背後に掛けられていた白板(whiteboard)と、更にその背後の窓ガラスに痛々しい痕を刻み込んだ後、再び「村」は静まり返る。だが、それも一瞬でしかない。

斎宮星見「死ぬな無敎、死なないでくれ! 死ぬ前にせめて、俺のセーブデータを返せぇーッ!」

﨔木夜慧「…ふっ…はははっ…これで、俺達は助かった…人狼は死んだ、俺達は生き残った…俺はもう、何も失わなくて良いんだ! 友情も、未来も、何もかも! 俺は、今度こそ…守り抜けたんだ! 俺自身の、運命を…!」

斎宮星見「﨔木、手前(てめえ)…!」

 斎宮星見が、その眼に明白な怒りを示すのとは対照的に、寿能城代は冷静な表情のまま、白板に接する窓を眺めた。室内の狂気染みた雰囲気にもかかわらず、レールガンで割れた間隙(かんげき)から、明るい直射日光が降り注いで来た。そして、パルス障害で使えないはずの、携帯電話を開いた。振り向く頃には、次の事態が待っている。

美保関天満「…どうして? どうしてこんな事を! 答えなさい、長門夜慧っ!」

十三宮顕「まあ一同、取り敢えず餅搗(もちつ)いて。﨔木さん、あなたが殺生(せっしょう)の罪に問われる事はない。何故なら…」

﨔木夜慧「当たり前だよなぁ? 正義のための処刑なんだから! ふ…はっはっ!」

塔樹無敎「…残念ダッタナ、﨔木君。私ワ、『テルテル』ダヨ…」

斎宮星見「無敎? どうしたんだ…え、おいマジかよ…無敎の、体が…」

生田兵庫「消え…た? そんな、どうして!」

 約一名を除く、その場の全員が絶句した。塔樹無敎の「死体」が、次第に半透明の存在と化し、遂には消滅したのである。血痕さえも綺麗に「蒸発」し、残されていたのは…トランプらしき一枚のカードだけ。

美保関天満「これは、影武者…いや、幻影?」

生田兵庫「あの塔樹君は、偽者だって言うのか? でも、彼は僕らと一緒に行動し、戦って来たはず…少なくとも、昨日までは…」

﨔木夜慧「…そ、んな…」

 﨔木長門の様子を見ながら、寿能城代は声を整えた。

十三宮顕「小さい割に多くの電力を消費するスマートフォンは、先日の爆発以来、通信不能のままだ。でも、僕が使っているような旧式携帯電話は、設計が大幅に異なっているから、バグる構造も変わるんだよ」

生田兵庫「…先生、いきなり何の話ですか?」

十三宮顕「﨔木さんは先程、この遮光された窓を破壊するのに丁度良い角度から、レールガンを発射してくれた。その結果、砲撃と日射による急激な電磁波が発生し、エネルギーが集中した。それで一時的に、僕の携帯電話がつながったから、救難信号を兼ねたメールを、無事送信する事ができたよ。これを受信した同盟軍は、『村』の位置を特定し、アプリコーゼンに救援部隊を送って来るだろう…﨔木夜慧さん、もうこんな『ゲーム』は、お仕舞いにしよう」

﨔木夜慧「…でも、どうして…?」

十三宮顕「塔樹無敎をこのゲームに誘(いざな)ったのは、ほかでもないお手前だ。でも、無敎にとってゲームは得意中の得意、転んでもただでは起きない。置き残したトランプは、恐らくタロットカードだろう。そこに書かれている事が、きっと答えだ」

 茫然自失の﨔木長門に代わり、美保関少弐が、塔樹無敎のタロットカードを拾った。そこに書かれていたのは…。

美保関天満「第12アルカナ『吊人』。第三の目は逆転せり。彼を討ち取りし者は敗北し、討たれし者こそ勝者と成る」

﨔木夜慧「…嫌だ、俺は負けない…死ぬのは貴様だァーッ!!」

十三宮顕「危ない! 伏せろっ!」

生田兵庫「え…うわぁっ!? 無差別乱射か? このままじゃ皆、あいつに殺されちゃうよ!」

斎宮星見「…逃げては駄目だ、逃げては駄目だ…!」