花言葉
彼氏とは同じ職場で知り合い、それから二週間という速さで交際へ発展した。
付き合ってみると彼とは実に相性が良かった。
ケンカというケンカはしたことがないし、結婚の話まで出ている。
私にとって彼は運命の相手だったのだと勝手に思っている。
そんなある日、私は仕事先での失敗を機に変わってしまった。
あっけらかんとして楽天家の私が珍しく落ち込んでしまったのだ。
彼もいつもと違う私の様子を見て心配していた。気がつくとその状態は二週間以上続いていた。
「ちょっと病院行ってみないか?」
誰の目から見てもその変貌ぶりは明らかだったのだろう。
同棲している彼なら、なおさらすぐに気がついたはずだ。
彼に促されるまま、病院へ向かう。
まずは、調子が冴えない事を問診表に書いた。
そして、通されたのは心療内科だった。
私は内心驚きと焦りでいっぱいだった。
内科や外科は一般的でよく利用していたが、心療内科なんてあまり聞き覚えがなかった。
なにかちょっとおかしい人が出入りする場所だと勝手な偏見を抱いていたのだ。
診察室の前の待合室で少し待たされる。
すると、まもなく私の名前が呼ばれて、診察室に入る。
すると、中年の男性が白衣を着て一人座っていた。
「こんにちは」
戸惑いながら私も挨拶を交わした。
「今日はどうされました?」
その男性がそう聞いてきたので、私は二週間ほど前から憂鬱な状態が続いていると答えた。
すると、医者は心理テストをしたいといって私に用紙を渡した。
約五十の項目があり、私はその選択肢にマークをつけていった。
そして、男性はまた一週間後に来るように私に指示した。
そうして私は診察室を後にした。
薬局に行くと薬が処方されていた。
俗に言う抗うつ剤というやつだ。
「気分が上がる薬を出しておく」と先程言われたのを思い出した。
一週間後、私は検査の結果を聞きに再び病院に来ていた。その間、出された薬は欠かさず服用していた。
「こんにちは」
先週と同じように挨拶から始まり、その後どうだったかを聞かれた。
私は特に何も変わりはないと答えた。
すると、男性は検査の結果を話し始めた。
「あなたは抑うつ状態だ」と言った。抑うつ状態。
あまり聞きなれない言葉に呆然とする私を見て、男性は「気分が少し落ち込んでるのが続いてるだけ。
心が風邪をひいてしまったと思ってください」と説明してくれた。
そして、前と同じ薬を出されて様子を見るように言われた。
こんな風にして私の通院生活は始まっていった。
しかし、薬の服用や通院にもかかわらず私の状況は悪化していった。
ひどいうつ状態になると何も手がつけられなくなり、寝たきりにることもしばしば。
もちろん、情緒不安定だから彼に当たることもしばしば。
それでも、彼は私を温かく見守ってくれた。
「しんどい時は休めばいい」
そんな彼の励ましと支えでなんとか私は乗り越えていた。
しかし、ある日私は彼にとんでもないことを口にしてしまう。
「死にたい」
その言葉を言ったと同時に料理をしていた彼の手から皿が一枚落ちて割れてしまった。
彼は「大丈夫か!?」と声をあげて、皿を拾うこともせず、私に寄り添ってきた。
私は彼の胸の中で声を上げて泣いてしまった。
彼はただひたすら私のことを抱きしめていてくれた。
次の病院で今回の一件の話をした。
なかなかうまく話せそうになかったので、彼にも付き添ってもらった。
男性は深刻そうな顔をして私と彼に次の言葉をかけた。
「お薬増やしますね。それと、彼氏さんはできるだけそばを離れないであげてください」
医者はそういうと処方箋を書いてくれた。それを飲み始めて2週間前後たった頃、処方された薬の効果もあってか私の調子は回復していた。
気がつくと季節は冬と春の境目になっていた。
私はこの時期になるとくしゃみや鼻水が止まらなくなる。
花粉症だ。
皮肉にも自分の名前にあるスギにやられる。
「大丈夫か?」
「びゃいびょうぶ」
私は鼻水の影響でうまく話せていなかった。
よりによってそんな時に鬱の波は私を脅かした。
私は花粉症と鬱状態でまた寝込んでしまった。
彼はそんな私の隣でいつも笑顔を見せて寄り添ってくれた。
私はそんな彼をみていて胸が苦しくなった。
私のせいで彼は辛いのを隠して笑顔を作っているんだろうなと私は自己嫌悪に陥ってしまう。
これもうつの症状のひとつだ。
何事にもネガティヴつまりマイナス意識が勝り、負のスパイラルに入り込んでしまう。
なんとかその日を乗り越えると、次の日には状態はやんわり回復していた。
花粉症を除いてだけど
。私はこのにっくきスギ花粉について調べてやろうと思い、おもむろにパソコンを開いた。
彼はキッチンで料理を作ってくれている。
私がこんな状態になってからは彼が家事全般をしてくれている。
仕事も行っているのに本当に申し訳なく思ったし、ありがたかった。
私はパソコンが立ち上がったところで、スギについて調べた。
画面をスクロールしながら読んでいく。
そして、私は見つけてしまった。
「花言葉……」
そこで、彼が「ご飯できたぞ」と、私を呼んだ。私は慌てて見ていたページを閉じた。
彼は不思議そうに「なにみてたんだ?」と聞いてくる。
私はパソコンをシャットダウンしながら彼に「内緒」と微笑みかけた。彼は首をかしげて、「なんだよ」と納得いかない表情で言った。
私は一緒に部屋を移動し始めた彼の後ろ姿に飛びついて抱きしめた彼は首を回して私を見て「ん?」と尋ねた。
「大好き!」
私はさらに強く抱きしめた。
最近はひどいうつ状態もなく、「死にたい」と思うこともなくなった。
私はスギのことも少し見直した。
鬱もスギも私を苦しめるのは腹立たしいけど、それで彼との関係がまた一歩近づいた。
私、がんばるよ。あなたのそばに居たいから。あの花言葉のように。
花言葉…ヒマラヤスギ「あなたのために生きる」
‐完‐
作品名:花言葉 作家名:コロ(coro)兼貴也