【短編集】人魚の島
1
わたしの最初の記憶は、培養タンクから排出された瞬間だ。
ねっとりとした培養液が乾いていくにつれて体表の熱が奪われ、ひどく肌寒かったのをおぼろげに憶えている。
人間であればそれを「誕生」というのかもしれない。
だが、わたしは兵器として「製造」された。
わたしが「製造」されたときはまだ戦争が継続していた。
わたしと同じようなヒト型の兵器を一箇所に集めて、彼らはこう宣言した。
これはテストだ、と。
わたしたちの「性能」を試すテストなのだ。
彼らのリーダーはこうも付け加えた。
ただし、きみたちの「性能」が予想よりも低い場合、きみたちは確実に死ぬ。
いや、違うな。
彼は笑いながら、自分の言葉を訂正する。
きみたちは壊れる。きみたちはモノだから。人間じゃない。
きみたちの姿──かわいい女の子の姿をしてるけれど、きみたちは決して人間じゃないんだ。
きみたちは人体の部品を組み合わせてつくりだした兵器さ。
兵器は、死んだりしない。壊れることはあってもね。
さあ、ショータイムの時間だ。
われわれをがっかりさせないでくれよ。
こちらが期待してる以上の「性能」を発揮してくれたまえ。
最初の敵は八本の脚を持つ、クモに似たかたちの多脚戦車だった。八本の脚を器用に動かして、どんな不整地でも高速で移動することができる。
クモ型の戦車の、丸くすぼめたくちばしのような主砲が火を噴く。そのたびにわたしの仲間が黒焦げになって斃(たお)れていく。わたしたちは丸腰だった。武器はおろか、服さえも着ていない。全裸で走りまわる。それを戦車の砲台が追尾する。
大深度の地下に設置されたフィールドにはいっさいの遮蔽物がない。散開するわたしたちの一挙手一投足を、分厚い防護壁の向こう側から彼らが観察している。
なにが起きているのか、理解するのに少し時間が必要だった。頭が混乱している。どうすればいいのか、とっさにわからない。ただやみくもに手足を動かす。そうしなければいけないような気がしたから。
わたしはまだ「製造」されて間もない個体だった。五時間前に覚醒したばかりだ。名前はない。
わたしたちのようなプロトタイプ──と、彼らは呼んだ──はアルファベットと数字で構成された個体識別番号で区別されている。わたしの個体識別番号は「P152」。プロトタイプの152番目の個体、という意味。
戦車の機銃掃射を浴びて、わたしのすぐ隣に立っていた個体が頭を吹き飛ばされる。わたしは地面に突っ伏して難を逃れる。湿ったむきだしの土は機械油と血のにおいがした。
右肩がひどく痛む。チラリと見ると、小さな金属片が右肩に突き刺さっていた。
痛覚を遮断して破片を引き抜こうと左手を伸ばしたそのとき、戦車の主砲がわたしに向けられた。
死ぬことをおそれたわけではない。わたしをプログラミングした技術者は「死」を「活動不能」という単語に置きかえていた。「活動不能」となることだけは絶対に回避しなければならない。わたしの脳に刻みこまれたプログラムが、わたしの身体を突き動かす。
わたしは〈力〉をたぐり寄せる。わたしの体内に構築された生体エンジンが虚空に満ちる無尽蔵のエネルギーをかきむしり、むさぼって、貪欲に呑みこむ。
戦車にありったけの〈力〉をたたきつける。戦車の装甲がひしゃげる。もう一度、〈力〉をぶつけると戦車の脚が折れ、車体が地面に落ちた。機械でできたクモが沈黙する。
フィールドを観察している彼らが「ほう」と感嘆の声を洩らす。
次のテストは五十人を超える人間との戦いだった。といっても、この国の人間じゃない。捕虜となった敵国の兵士だ。いかつい装甲戦闘服を着用し、大型の銃器を構えた彼らは人間などではなく、やはり機械でできた人形にしか見えない。
敵が撃ってくる。次々とわたしの仲間が斃(たお)れた。まだ活動できる状態にある個体はわたしを含めて六体。
わたしは〈力〉の網目を固く結んで障壁をつくる。障壁が敵の銃弾をはねのける。障壁をまとわりつかせたまま、わたしは前進する。敵の兵士が半狂乱になって撃ってくる。いくら撃ってもわたしがつくった障壁は崩せない。
兵士の目の前に立つ。兵士が背中を向けて逃げだそうとする。わたしは〈力〉を使って装甲戦闘服の四肢を拘束する。そのまま押しつぶした。金属と骨が砕ける不快な音。
それを何度も繰り返す。何度も、何度も。
気がつくと、フィールドに立っているのはわたしだけになっていた。クモ型の戦車も、装甲戦闘服を着た敵兵も、わたしの仲間も全部、バラバラになって、そこここに転がっていた。
彼らが拍手する。まばらで、不揃いな拍手。
こいつはすごいな。期待以上だ。
だが、「性能」がよすぎるのも考えものだぞ。
そうだ。コントロールが利かなくなったら味方にも被害が出るかもしれない。
もう少しM因子の発現を抑制したほうがよさそうだ。
このプロトタイプはどうする?
危険だ。廃棄処分にしたほうがいい。
いや、と彼らのリーダーが言う。
こいつはこのままにしておく。服を着せてやれ。裸のままじゃみっともないからな。食事を与えろ。それからメンテナンスだ。データはとったな? よし、テストは成功だ。
そして、彼らのリーダーは楽しげな口調でわたしに呼びかけた。
おめでとう。きみは合格したよ。きみは優秀だ。きみの生体データをもとにして量産タイプが生産されるだろう。量産タイプが戦場に投入されれば、わが国の劣勢をひっくり返すことができる。この戦争に勝てるんだ。
希望、と彼は口にした。
きみは希望だ、と。
それが、わたしに与えられたパーソナル・ネームとなった。