【短編集】人魚の島
4
おれは思いつく限りの罵詈雑言(ばりぞうごん)を海賊にぶちまけた。口汚い悪罵を浴びても、ヤツは眉ひと筋動かさない。その態度がよけいにおれの怒りを倍加する。
「おれを恨むなよ。恨むんだったら、おれたちの船をぶち壊しやがった警察(サツ)の連中を恨むんだな。おかげでこのザマだ。何人、生き残ったのやら……」
「おれは不幸だよ。助けるんじゃなかった」
「あの救命艇が半分、使いものにならなくなって、どこを飛んでるのかもわからなかったのは本当さ。おまえには感謝してる。充分な礼ができないのは心残りだな」
「礼がしたいんだったら、遠慮しなくてもいい。そこのエア・ロックから出ていってくれるだけでおれは満足だ」
海賊の足が動いて、おれの腹を蹴りあげる。おれは身体をくの字に折って苦悶する。
「口が減らねえヤツだな。自分の立場がわかってねえだろ? おまえが考えてるのと別の形で礼をしてやってもいいんだぜ」
おれはペッとツバを吐く。本当はヤツの顔にツバを吐きたかったが、目の前にある宇宙靴の甲にツバを飛ばすのが精一杯だった。アイが見ていたらヒステリックになって抗議するだろうが、かまうもんか。アイはもういない……。
激昂するのかと思いきや、海賊はフンと鼻を鳴らし、おれから離れてコンソールのそばに戻る。
「ここから一番近い有人惑星はどこだ?」
と、海賊。おれに訊いているわけではなく、手下となったこの船のコンピューターに問いかけている。
「ここです」
耳ざわりな男の声で海賊のジャッカーが返事する。メインディスプレイにその情報を映しだしたようだが、視点の低いおれのところからは見えない。海賊が舌打ちする。どうやら、その情報に満足できなかったようだ。
「そこは論外だ。次に近い有人惑星は? おい、探査局の基地なんて、候補から外せ! 再検索だ。……そこなのか? クソ、なんて遠いんだ! おれたちの要塞にこのまま帰った方がマシだぞ」
「ですが、その場合は食糧と水が不足するおそれがあります」
「不足する?」
「食糧も水も乗員がひとりであることを前提にした備蓄になっています。乗員がふたりいるようですと、どこかで補給を受ける必要があります」
「聞いたか、探査局員?」
海賊が陽気な声で呼びかけてくる。おれが返事をしないでいると、海賊は勝手に言葉を続けた。
「この船は定員オーバーだってさ。おまえには下船してもらうことになりそうだ」
「そうかい。じゃあ、おれをおまえの救命艇に放りこんでくれよ」
「バカか、おまえは? もっと簡単な解決方法があるだろ。おまけに、どうしておまえに食糧も水もつけて送りださなければならねえんだ?」
こいつに言われなくたって、そんなことはわかっている。海賊がおれを生かしておくはずがない。ヤツに人命尊重を説くだけムダというものだ。
「おい、コンピューター。おれが乗ってきた救命艇の食糧と水を全部この船に移しかえたとして、どのくらい無補給で飛んでいられるんだ? 乗員はひとりだと仮定して計算しろ」
「計算できません。救命艇に積んでいる物資のデータが不足しています」
「だったら、データをとりにいけ! そんなことまでいちいちおれに指図させるな!」
おれは声を殺して笑う。こいつらの殺伐とした会話を聞いていると、おれとアイの会話の方が何倍もスマートに思えてくるのが不思議だった。
しばらく間があって、ようやくジャッカーが答える。
「この船に積んでいる食糧と水に救命艇のものを加えたとして、およそ二十五日は無補給での航行が可能です」
「二十五日か……それだけあれば充分だな。万が一、足りなくなったら、途中で補給すればいい」
「救命艇の救助に向かう旨の連絡がこの探査船から探査局の基地へ向けて発信されています。ですので、近くの有人惑星へ補給に立ち寄ると、探査局に足止めされる危険があります」
海賊は罰当たりな悪態をつく。おれがニヤニヤしながらそれに耳を傾けていると、海賊の宇宙靴が床を鳴らして、おれの正面に移動してきた。
「おまえの身体から水をしぼれるだけしぼりとって宇宙空間に捨てる、っていうのもいいな。多少は足しになるだろうよ」
「やってみろよ。水の再処理システムを壊すのが関の山さ。おまえなんかに……」
最後までは言えなかった。
海賊が左手の甲に右手の指を添える。軽く指でひねるような動作をする。
拘束具が焼けつくような痛みを発散する。おれはのけぞる。激痛で呼吸もままならない。心臓が破裂するかと思われた永遠の時間のあと、ようやく苦痛が去っていった。
おれは肩で息をあえがせる。冷たい汗が顔面を流れ落ちて、床に滴を結んだ。頬の肉をかんでしまったらしく、口のなかは塩辛い血の味が広がっていた。
海賊は手甲にしこまれた拘束具のコントローラーから指を放し、しゃがみこんで、おれの顔をのぞきこむ。灰色の陰気な目がおれの目と合う。
「そんなに死にてえのか、おまえは?」
まったく感情を感じさせないその声におれは肌が粟立った。それでも、おれは視線をそらさなかった。
「死に方を選べるんだったら、エア・ロックから船外へ放りだしてくれよ。そいつがいちばん苦しまずに死ねそうだ」
「じゃあ、おまえの望みどおりにしてやるさ。遺言があるんだったら、聞いてやってもいいぞ」
「おれの遺言か? 簡単だよ。きさまなんか地獄に堕ちろ、だ」
海賊はおかしそうにクツクツと笑う。笑うと、ゆがんだ顎の形がさらにいびつなものになった。
「あいにくだな。おれはとっくの昔に地獄行きが決まってるんだよ。わかるだろ?」
「だったら、ブラックホールにでも落ちろ。どこにあるのかもわからない地獄と違って、ブラックホールならこの銀河系にごまんとあるぜ」
海賊は膝を手でたたいて爆笑する。ひとしきり笑うと、緩慢な動作で立ちあがった。おれを見下ろして、冷然と言い放つ。
「惜しいな。生まれた場所が違ったら、おまえとは仲間になれたかもしれねえ」
「おまえが絶世の美女だったら、誘われてやってもいいが……」
おれは奥歯をかみしめる。この男と話しているうちに、冷めていた感情がだんだんと沸騰してきて、頬がカッと熱くなってきた。
「おれは海賊になるつもりなんて金輪際ない。お断りだ!」
海賊はわざとらしく肩をすくめた。いったん、ホルスターに収めたニードルガンを抜いて、銃口をおれに向ける。殺されるのかと思い、慄然(りつぜん)としたが、海賊は左手の甲のコントローラーをいじって、おれの足首をしばっていた拘束具を解除した。