いつもどおりの よる
ティムはリビングのソファーに座っている妻の姿を見て
「帰ってきたよ、サラ」
と穏やかに挨拶した。彼女もほほ笑みを浮かべて
「おかえりなさい、ティム」
と挨拶を返した。ティムはサラの左頬に優しくキスをすると、母乳をおいしそうにコクコク飲んでいるスティーブンに目を向けた。
「スティーブ、おっぱい中でしゅか〜」
ティムは顔に似合わぬ赤ちゃん言葉で話しかけると、ソファーの後ろに周り、愛する妻子をいとおしげに見つめた。このような愛情と命のつながりに満ちた光景を見るのは、彼にとって最大の癒しのひとときだった。
やがてスティーブンはおなかいっぱいになり、サラの胸から顔を離した。スティーブンは既におねむモード寸前になっていた。彼女は夫のほうを向いた。
「疲れてるときに悪いけど、ティム、スティーブのげっぷ出させてくれる?」
「よし、任せろ」
ティムは快諾すると、愛息を抱っこした。その子は半開きの目で父親の顔を見た。ティムは子の目を見て、ライブではきっと見せないであろうデレ顔をした。
「よ〜しよしスティーブ、げっぷしようね〜」
彼は幼子に話しかけながら、サラの横に移動してソファーに腰掛け、膝の上で赤ちゃんをお座りさせると背中をさすりはじめた。サラもスティーブンの顔を見ながら、
「げっぷ、げっぷよ」
と促していた。背中をさすることわずか約2分で、スティーブンがげっぷをした。ティムはうなずきながら小さく
「よし」
と言うと、サラのほうを見て再びうなずいた。そして、目がもはや4分の1開きになっていたわが子を子ども部屋へ連れていった。
ティムは
「ほぉらスティーブ、ねんね、ねんねだぞ〜」
と小さい声で言いながら、スティーブンをベビーベッドに優しく寝かせると、温かそうな掛け布団を掛けてやった。そのあと、
「おやすみ、俺たちのベビー」
と言うと、彼の額にそっとキスをして、そのかわいい寝顔をしばし見つめた。
やがてサラも子ども部屋に入ってきた。
「スティーブ、寝た?」
「ああ、寝たよ。ほら」
ティムが手で示した先には、すやすや眠るスティーブンが居た。サラは夫に体を寄せると、愛息に優しい目を注いだ。
「さ、私たちも寝ましょ」
「そうだな」
このあと、二人は洗面所で歯磨きをした。
ベッドの上で、サラがティムに話しかけた。
「ティム、ライブどうだった?」
「本当に楽しかった。バンドとファンの一体感が半端じゃなかったよ」
「まあ、それは大成功ね。LOVE BRAVEのメジャーデビューが待ち遠しいわ」
夫のライブの成功を一緒に喜ぶと、サラはあることを思い出した。
「あ、そうそう、私たち、結婚して明日で1年になるわ」
「そういえばそうだな。よし、俺は明日早く帰るから、二人でお祝いしよう」
「素敵な1日になるといいわね。おやすみなさい、いとしいティム」
「おやすみ、いとしいサラ」
二人は1枚の毛布の中でキスをした。
― いつもどおりの よるだった ―
作品名:いつもどおりの よる 作家名:藍城 舞美