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とーとろじい
とーとろじい
novelistID. 63052
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磨き残しのある想像の光景たち

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6.0 進めない私



キスをしようーーーーとして、想像上の、イメージの彼女の肩に手を回したところで、声が嵌入された。


「何をするの」
と、一階の私が驚いて言う。
「キスをするのだ」
と二階の私が説明する。
「恥ずかしいだけだぞ」
と三階の私が嘲笑う。
「やりたくて仕方ないんだ」
と四階の私が誠実に言う。
「キスならよそでやれ」
と五階の私が叫ぶ。
「やるのは私の自由だよ」
と四階の私が常より強気で言う。
「そうだ! 私の意志でもある」
と二階の私が賛同する。
「誰がお前の意志なんか聞くか」
と五階の私が声を荒らげる。
「実際、誰の自由もありはしないさ」
と三階の私が冷たく呟く。
「こういうのはな多数決で決まるもんだ」
と五階の私が決まり文句みたいに言う。
「最終的にはそういうものだろう。一階のお前はキスをどう思う?」
と二階の私が落ち着いて言う。
「私は……やめてほしい」
と一階の私は弱々しく言う。
「ほれみろ、これでキスはやめだ。最初から無理なこった」
と五階の私が得意になる。
「まだわからないよ。キスの当否をちゃんと考えようよ」
と四階の私が呼びかける。
「そうだ! ここでキスをするのが恥ずかしいことだと言ったのは三階だったな。どうして恥ずかしいことがあるんだ。誰にも見えやしまい。想像のキスじゃないか」
と二階の私が問いただす。
「たとえ見えなくても、自分の中にはちゃんと記憶が残るだろう? 彼女とあんなことをしてしまったと。そもそも、二次元の彼女なんて痛々しいだけだ。全く、私はいつも耐えられないね」
と三階の私が早口で嫌悪を露わにする。
「記憶が残るというのは間違いない。けども、それが恥ずかしいことだなんてそんなふうには思わない。どうやらそこに君と私の違いがあるようだ。ところでいつもやかましい五階のあんたは、どうしてキスに反対するんだ」
と二階の私が嫌々ながら聞いた。
「どうしてだって? こっちが好きな曲聴いてる時に、隣でションベンの跳ねる音が聞こえてきたらよ、最悪だろうが。俺はいま、その気分なんだよ」
と五階の私が怒鳴る。
「よくわからないな」
と二階の私が首をかしげる。
「言った通りのことだ。こっちの気分を乱されたんだよ!」
と五階の私が言う。
「三階も五階も、あまりに自分勝手過ぎるよ」
と四階の私が言う。
「自分勝手? では君は自分勝手ではないのか? せいぜい私たちにできるのは自分勝手を通すことだろう? 何を言ってるんだか」
と三階の私がため息混じりに言う。
「私が言いたいのは、ふたりとも自分の主観で話してて、納得のできる根拠を言ってないってことだよ」
と四階の私が補足する。
「根拠? そんなの、キモいで十分だろう。妄想で二次元の彼女にキスするってこと自体、誰が見たって気持ち悪いさ」
と三階の私が返す。
「さっきも言ったが、私は気持ち悪いとは思わない。四階の彼が主観って言ってるのはそういうところだろうと思う。このあたりを解決しないと進まないようだな」
と二階の私が四階を助ける。
「さっきから黙っているが、一階は確か、私と同じくキスに反対だったな。どうだ、正直気持ち悪いと思うだろう?」
と三階の私が問う。
「私は……別に……」
と一階の私が口ごもる。
「キモいと思わないのか? いい年した男が、よくわからない萌えキャラとキスをしたがってるんだぞ。現実で満たせないからって、こんな妄想に走るなんて、キモい以外の形容ができないだろう?」
と三階の私が言いたい放題に放つ。
「私は……」
と一階の私がどこか当惑したようになる。
「酷い言いようだな。けども、君の言ったことにひとつ、過失がある。現実で満たされないと言ったが、果たしてそれが原因でキスをしようとしているのか? そんな理由があるとは思えないな」
と二階の私が疑問を呈する。
「誰がどう見たって、モテない男が妄想で満足しようとしている風にしか見えないだろう。実際にどうかじゃなくて、そう見えるからやめてくれって言ってるのさ」
と三階の私が言う。
「繰り返すようだが、その想像は外からは見えやしないんだよ」
と二階の私が言う。
「ではこちらも繰り返すが、外から見えなくても自分の中に記憶として残るんだ。その記憶が、将来恥ずかしい記憶にならないなんて保証はないだろう? 二次元キャラとのキスならなおさらその可能性は高いんだからな」
と三階の私が早口で言う。
「うるせえぇ! あーだこーだうるせぇぇえんだよおぉ!!」
と五階の私が叫んだ。


永遠に繰り返されそうなこんな声を聞いて、私はすっかり疲れてしまい、そしてもう目の前に彼女はいなかった。


「ところで、六階の君はどう思うかね? 何だかうんざりしているようだが。元はと言えば君の想像から始まったんだからね。何か発言してもらおう」
と二階の私が言う。
私はひどく疲れたので、「今日はもう寝るよ」と皆に言った。
「なんだって!? 寝るたぁどういうことだ! それはお前が決めることじゃないぞ」
と五階の私が叫んだ。
「そうだな。恰も権利を持ってるみたいに言うのはやめてもらおう」
と三階の私が冷たく言う。
「寝ることの当否について、ここで考えよう」
と四階の私が呼びかける。


今日も私は、いや、全ての階の私は、何もできずに、止まったままでいる。