磨き残しのある想像の光景たち
5.0 アニメ最終話撮影現場
落ちてった。あいつ。戻ってこない。
「あーもう。順調に行ってるかと思ったらこれだよー。どうなってんのよもー」
最悪な最終回。あいつ落ちてった。
「何で落ちたんだ。落ちるところじゃないでしょう」
「何やってんだか。残念だけど、代わりはいないし、これで終わりだね」
あいつ、落ちた。本当に、何でだ。
「もう少しだったんですよ。惜しいなぁ。撮りたかったよ最後まで」
みんな。うるさい。うざったい。ハエ。
「でもまぁ、お蔵入りも悪くないっしょ。伝説だよこれ。死んだんだから。死ぬ予定のやつが」
死んでない。戻ってくる。これは嘘で、みんなは演技。
「ねむりのやつさぁ、ずっとあそこで固まってるよ。かわいそうにさ」
かわいそうなのは。かわいそうなのは、お前らだ。
「そっとしといてやれ。そりゃショックだよ。不意打ちすぎるし」
落ちた、ずっと落ち続けてるあいつの白い影が。
夢なんだこれは。今落ちてった。今落ちてった。今落ちてった。今。今。今落ちて、そこにある白い風、がある。あいつの影が、回ってる。足の下で。目の前で。落ちてるあいつの白い嘘の髪。
「でもほんと、これで打ち切りって、後味悪いですよねー。ツイートしたらRT貰えそうだけどさー。いいねはちょっと失礼か。あ、そうだ。なんならこれも映像にしちゃえばいいじゃんね」
うるさい。ずっと演技してる野郎。止まれよ。もう動くなよ。止まれよ。人形野郎。
「あのー。今ね、撮影中らしいっすよ。なんか裏で撮ってるって。ちょっと気をつけてもらっていい」
嘘つき。撮れないだろ。落ちたんだよ、あいつ。俺なんか撮って、面白いのかよ。
「絵がさ、やっぱ映えないんだわ。配置変えてもらえる? ねむりくんに言ってさ。草がね、邪魔でね」
穴の上の闇が、いつまでも揺れない。凍ってる。血も出ない。誰もいないこの穴で、あいつ、何してんだ。わかりやすいこんな穴で。楽しくないこんな暗いとこで。
「でね、もう脚本変えてね、これでいこうかっていう指示だから。了解取ってきて。ん、いやいや、彼に。当たり前じゃん」
巻き戻せない、嘘みたいな、話。足を滑らせた。穴があって、わかってて、どうして。何かが違う。蒸し暑い。ずっと暑い。変な、気温。演技。誰かがいる。裏の声が、指示が。何かをあいつに囁いた、熱。ここにいた熱。熱にハエがたかってた。嘘をついた熱。汚れてる、ここ。
「いい加減顔上げてくれる。ちょっとね長いよ」
使いっ走りの言葉。演技やってろ。
「ねぇ、聞いてる。ちょっと。これね本番始まってるんだわ」
誰かが作った無限の穴に、あいつを誘導したやつがいた。暑い。臭い。こいつらの口。絶対こいつらみたいなやつ。
「あ、音響さん。今はね、12話Bパート撮ってんの。蝉の声だけど、後で入れてね」
あいつは無限の穴の下。俺はその手前で。わからなくなって。あいつは綺麗な、白い嘘の髪の女。ロングヘアで、黒い制服着て。二人で来ていた。校庭の藪の中。
高校にモブと登校するさりげない演技、違う教室にいる演技、最初は冷たかった演技、清楚なフリしてた演技、本当はお茶目だったウブな女の子の演技、怒ったらハリセン持って叩いてきた演技、文化祭で失敗して涙流した演技、慰めたら顔を赤くした演技、いつからか恋をしていた演技。
積み重ねたそれら、落ちてった穴の中、ひとりで。
作品名:磨き残しのある想像の光景たち 作家名:とーとろじい