磨き残しのある想像の光景たち
1.0 ぼーっとしている
どうしてか、いつもぼんやりせざるを得ないときが不意にやってくる。これは別に一般的に珍しい癖ではないかもしれない。例えば授業を受けている時に、いつのまにかぼーっとしている、そんな瞬間がやってくることがある。眠たくてそうなっているのかは知らないが、少なくとも寝ているわけではなく、ただぼーっと意識がどこかへ行ってしまうのだ。そういう瞬間を後から思うと、決まって必然的にそうなったような、そうせざるを得なかったかのような、そんな思いがしてくる。どうしようもなかったのだ、と言いたくなる。特に多いのは四、五人で話をしている時なんかに、私はひとりみんなのお喋りをよそに、ぼーっとしてしまい、話を突然振られると、「ごめん聞いてなかった」と言うのもまずく、かといって無言のままもまずいので、全く見当はずれなことを言ってしまい相手に心配されるのだった(心配よりもひどい反応というのは、私のことを間抜けだと即断するような場合だが、そういう反応も度々ある)
最近そんなぼーっとしている瞬間に、いつも決まった光景を見るのだ。それは真夏の明るい日差しを伴ってやってくる。そこにあるはずの青空は日差しのせいで、カーテンを掛けられたように照射に覆われてしまい、私の目に映るのはただ白い光輪に縁取られた、若い男の、斜めに伸びきったししゃものような身体だった。眩しい光が突き刺すようにその男を捉え、男はといえば全く伸びきって人間らしくない跳躍のポーズで固まっているのだ。彼はいつも黒いスーツを着ていた。そして決まって背中だけが見えるのだ。強い日差しのせいで地面ははっきりしないのだが、彼の足は確かに浮いている。無重力の軽さで地を離れている。斜めにゆらゆらと洗濯物みたいにそよいでいて、それだけでは滑稽に思われるかもしれないが、その男の片耳からは赤い液体が新鮮に飛び出しているのだった。それはきっと血なのだろうと思う。しかしあんまり周りが白いもんだから、その赤はボール紙にこぼした水滴みたいに浮いて見えるのだ。それは真白の日差しにわけもなくできた吹き出物みたいで、ちょっと痛ましかった。男の両手は現れる度ごとに位置を変えて、ある時には体の横にピシッと張り付いていたり、またある時には上に上げて降参を示すポーズになっていたりした。一方、両足は変わらずに直立不動の状態で、焦げ茶の靴の先は尖り、分度器の線にぴったり沿うだろうなと思うくらい、斜めに綺麗に傾いていた。そんな姿勢でゆらゆら漂う棒切れのような男、飛び散る血の滴、輝きすぎて奥行きを失った背景。
この光景が何を意味するのか、私は知らない。けれどもその男が感じているであろう陶酔をしばしば想像する。いま、私から離れていく私の一部、それが漏れてしまっては私が私でなくなってしまうようなそれ。取り返しのつかない開口、回収することのできない漏出。思わずその赤を握ってしまいたくなる。すると、今まで斜めに固まっていた彼が、片手を持ち上げて、赤い滴のゆらぎを一掴みした。顔は向こうを向いたままで、体は真っ直ぐなまま、しきりに何度も掴む仕草を始める。掴む、だけど不思議なことに、空を掻けば掻くほど血はさっぱり消えてしまって、その手の運動は消しゴムの動きに似ていた。必死に手をパクパクさせる。そうして流血が、範囲を失い、やがて彼の耳の先には真夏の光線だけがありのままに残ったのだった。男はそれで死んだのだろうか。手はもう動かない。さっきまでの仕草のまま固まったせいで、電車の吊り革を掴んでいるような格好になった。死んだ? 一体いつ死んだのだろう。いや、死んでいたらいいな、と思う。動かないでいてほしいなと思う。なんて心地好さそうなんだろう。疲れも悲しみも忘れてしまって、体を隠してくれる光の幻の衣に包まれて。
私はよくぼーっとする。そうせざるを得ない時が来る。そしてそうしている。光景に立ち会っている。最近はこんな感じのものを見る。穏やかな陶酔を感じる。友達の輪のなかのひとりが私に話を振ってくると、さっきまでみんなが何を話してたのかわからないから困ってしまう。仕方なく適当に返すけど、大体的外れで、いらない心配をかけさせてしまう。そういう毎日を送っている。
作品名:磨き残しのある想像の光景たち 作家名:とーとろじい