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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
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CoC:バートンライト奇譚 『盆踊り』後編

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6、祭



 時刻は既に22時30分。

 かくして、彼らは好子の協力の末、一機のホイールローダーを借りることに成功した。
 彼らの後ろでは、林と好子が見守る。

 一同は改めて、櫓を観察する。
 10メートルの高さに似合わず、その横幅は5メートルにも満たない。
 そして、先端に行くにつれて、微妙に台形となり細まっていく。頂上はぎりぎり、人一人が大太鼓を叩ける幅しかない。
 お世辞にも構造上頑丈とは言いがたかった。

 ホイールローダーに乗車していたのは、タンであった。

「こいつに私達の運命を託すの……?」
 露骨な声で、アシュラフが言う。
「ひでえいいようだな!」
「アシュラフ君」バリツが一応のフォローを入れる。
「彼は私の元、長く重機操作や営繕の職についてきた。最も信頼に足るのはこの場では彼だ」

 アシュラフはため息をつく。
「ま。とりあえず、愚か者に重機の操作を任せましょう。残った面子は、重機が大破したときのことを考えておきましょう」
「まって、おかしいおかしい」

 ふと、彼らは気づいた。
 村に来た当初よりも、明らかに、あたりの暗さが増している。
 荒原となる篝火が消えたわけではない。
 そもそもだ。都会では見ることの叶わない星々が煌いていた夜空に、暗雲が立ち込めていた。
 どんよりとした、積乱雲だ。

 太鼓の音に交じり、雷の唸り声が臓腑に響く。
「何でや、さっきまでこんな暗くはなかったというのに……」

 それだけではなかった。

 身震いするような、突然の哄笑。長い長い笑い声。
 今までは太鼓を叩くのみで、口を閉ざしていた村長だ。

 その声は、谷底から返る山彦めいた反響を帯びていた。拡声器を使っているわけでもないであろうに、その声量は異常な強大さをもって――なおかつ、耳元で飛び回る羽虫めいた不快な明瞭さを持って――ここに集う一同の耳朶を揺るがす。

 彼は笑いが絶えると続けざまに、何かを口ずさみ始めた。
 村人もソレに続き、次々と唱和していく。
 ――わめき、騒ぎたてていく。
 それは、ちょうど徐々に強まり、アスファルトに砕け行く雨音のように、だんだん声量をましていった。


いあ! いあ! んぐああ! んんがい! がい! いあ! いあ! んんがい! わふる、ふたぐん! よぐ・そとおす! よぐ・そとおす! いあ! いあ! よぐ・そとおす! よぐ・そとおす! ふだぐん!


 バリツは身震いした。
 村長の家で見つけたメモに書かれていた不気味な呪文に違いなかった。

「いよいよ儀式も大詰め、ということか? バリツ」
「そのようだ」

 そして、悟らざるを得なかった。
 仮に櫓の上の村長が先導者だとすれば――彼はもう助けられないかもしれないと。
 だが、もはややるしかない。 
 タンに目配せを送る。
 彼はうなずくと、改めてエンジンを始動させた。

「お、おい、おめえさんたち!」
 先ほどまでは静観していた三吉が駆け寄ってくる。
 なにを始めようとしているのかを悟り、流石に黙ってられなくなったのだろう。
「なんてことやろうってんだ! いくらなんでもそいつは――」

 突然の銃声に、三吉の言葉が遮られる。
 アシュラフが天に向けて放った9mm拳銃の威嚇射撃であった。

「黙ってみてなさい。あなたも邪教徒の墓標に入りたいのですか?」
「ひ、ひい、嬢ちゃん、それ本物か?! なんてモンを持ってたんだ……!」
 三吉は、へなへなと、その場に座り込んでしまう。
 座り込んだ彼の元へ、好子が近づき、耳打ちする。
 どうやら事情を説明してくれているのだろう。
 しかし、更なる問題があった。

「あの村人たちが邪魔や」
 タンは呻く。
 村長は手遅れだとしても、彼が黒幕だとすれば、村人はただ操られているだけということになる。
 重機の犠牲にするのは躊躇われた。

「そいつはこれで――」
 斉藤が、何かを振りかぶっていた。
 それは、彼が当初被っていた壷――その大きな破片だった。
「どうだ!」

 彼の強肩から、壷の破片が投げ放たれる。
 それは一直線に櫓の先端の高さへと到達すると、絶妙な弧を描いた。
 そして、太鼓を打っていた村長の即頭部に、見事に直撃した。

 村長が怯んだのが眼に見えてわかった。
 ラジオから大音量で流れている音楽――恐らく、邪悪な儀式のカモフラージュだったのだろう――が止むことはなかった。
 だが、効果はてきめんだった。

 太鼓の音が、村長の呪文が止んだ一瞬、村人たちの動きが止まった。
 それだけではない。村人ひとりひとりが立ち止まった瞬間。その微細な筋肉の反動。それは何かに操られた動きではなかった。
 そしてその表情に、人間性が宿った。
 明らかに、一人ひとりが異なっていた。この刹那のみ、正気が戻っている!

「いまだ!」
 斉藤が叫ぶ。
 アシュラフが両手に拳銃を構えた。
 そして、上空へ向けて、やたらめったらと撃ちまくった。
「な、なんだなんだ!?」
 踊っていた村人達は困惑する暇もなく、逃げ惑った。
 その場にへたり込んだ村人は、バリツと斉藤がそれぞれ駆け寄り、強引に引っ張り出した。
「これも祭りです!」
 アシュラフが叫び、手に持つ銃の弾が尽きるなり、懐から新しい銃を取り出し撃ちまくる。

 タンが、アクセルを全開にする。
「死にさらせ~!!」
 激突すると、櫓が大きく揺らいだ。
 そのまま押し込むと、傾いていく。
 ホイールローダーの最高速度は決して普通自動車のようにはいかない。
 しかし、そのバケットを上げ、車体の重量が櫓に最も負担を与える地点を狙ったのだ。

 その内部は外見以上に脆かったのかもしれない。
 例え石造りと言えど、一度重心の安定を失った櫓は、ひとたまりもなかった。

 櫓はバケットが追突した中ほどから、ひび割れた。
 そしてそのまま上部を中心として、崩れ落ちた。
 当然、櫓の上段が無事であるはずはなかった。

「ぐわああ~~~~~!」
 村長が叫び声を上げ、仰向けのまま地面に激突する。
 その上から容赦なく、大太鼓とラジカセが、更に崩れた石垣が雪崩込んでいく。いずれも、バリツの目と鼻の先だ。
「ああ!」
 分かってはいたことではあるが、バリツは叫んでしまう。
 実際、目の前の現実としては、あまりにショッキングであった。

 ラジカセの音色もまた、激しいノイズを伴って打ち切られた。この儀式の因果応報そのものであるとも言わんばかりに。
 周囲に崩壊音が木霊する中、天空の雲が晴れ渡り、夜空を現していく。それはさながら、ガラスの曇りが見る見るうちに消え失せ、景色が鮮明になっていくかのように。


 立ち込める土ぼこりの中、村人達はただ、呆然と立ち尽くしていた。
 それは、終わってしまった祭りを惜しむかのように。


☆True End