機械人形アリス零式
女帝と同じ存在は人間ほど多くないものの、この世界に数多く住んでいます。身近なところでは女帝のインペリアルガードであるワルキューレたち。そして、セーフィエル。
私にとってはまだ記憶に新しい〈聖戦〉。あの戦いにおいてセーフィエルの肉体は滅びました。そして、まだ生まれていない赤子の肉体を乗っ取ることにより転生を遂げたのです。
人間として生まれたセーフィエルは以前の記憶を失っていたようですが、その潜在魔力は他に影響を及ぼしてした事は窺い知れます。セーフィエルと名付けられたことからもわかりますね。
そして、セーフィエルは魔導士としての道を歩みはじめました。マナさんのよく知るセーフィエルです。ただマナさんはセーフィエルに妹がいたことを知らなかったようですね。それがアリスさんなのです。
公式の記録ではアリスさんは交通事故で亡くなっていることになっています。では、今私の前にいる貴女は何なのか?
その点について我々も把握しておりませんが、妹のアリスに代わる存在であることは確かでしょう。それは十分に取引の材料となる。あの方は人として転生する以前から、肉親に重度の執着を見せる方でしたから」
この話の中でマナの疑問を解決されなかった。その質問をぶつけずにはいられない性分だった。
「今もセーフィエルは人間なの?」
人間外の存在から人間に転生したのはわかった。しかし、マナがセーフィエルの違いを感じたのは、それ以降のこと。
彪彦は艶やかに微笑んだ。
「鋭いですねマナさん。すでにセーフィエルさんの人間としての人生は幕を閉じています。そう、まだ記憶に新しい……3年ほど前のことですね。〈第2の聖戦〉が起きるのではないかと、少なからず噂になったことがありましたよね。多くの人々が知ることなく、その事態は防がれてしまったわけですが、そのときにセーフィエルは蘇りました。そして、去年起きたあの事件へと続くことになったわけです」
去年起きた事件の全容を知るものはごく僅かしかいない。事件に絡んだマナですら、わからないことを多い。すべての鍵を握っていたのは時雨という記憶喪失の男。その男ですら記憶を取り戻していないのか、黙して語らずままだ。
アリスは彪彦の求めに応じないことを決めていた。彪彦の話から概要が見えてしまったのだ。
「わたくしは取引の材料のされ、もしセーフィエル様が応じた場合、この街……もしかしたらもっと大きな規模で惨事が起こるということでございますね?」
「そういうことになりますかね」
と、彪彦は頷いた。
「でしたら協力できかねます」
聞かずともアリスがそう答えることは予想されていた。
そうなると力ずくということになるだろう。
この場所に進入してきただけで並の実力ではない。おそらく?鍵男?は戦力ではないだろう。こちらも?黒猫?のマナは戦力にならない。
アリスと彪彦の1対1の戦い。
いや、彪彦の肩に留まっている鴉がどうも気になる。
アリスはマナに顔だけを向けた。
「宜しいでしょうか?」
「いいけど、壊した物は弁償よ」
「そんなに高いお給金貰っておりません」
「そうだったかしらぁん?」
悪意のある惚け方だ。
もう構わずアリスはヤルことにした。
「コード000アクセス――70パーセント限定解除。コード007アクセス――〈メイル〉装着。コード013――〈シザーハンズ〉装着」
白いボディスーツに身を包み、アリスは手に嘴状の鉤爪を装着した。
その姿、特に〈シザーハンズ〉に注目して彪彦は『ほう』と感嘆した。
「偶然か必然か、似たような武器を私も持っているんですよ」
肩に留まっていた鴉が彪彦の手に移動して、その姿をまるでギミックにように変形させた。それはまさしく嘴状の〈鉤爪〉。
武器を装備した彪彦だか、その躰からは殺気する感じられない。戦意の欠片もないのだ。
「この部屋では戦いたくありませんね。目に付く一つ一つが高価なアンティーク。アンティークというのは値段の問題ではありません。失われてしまったら、もう二度と手に入らない。たとえ過去にタイムスリップして手に入れても、それはアンティークとは呼べません、新品ですから」
おしゃべりが多いその隙にアリスは攻撃を仕掛けた。
〈シザーハンズ〉による接近戦。大きく開かれた嘴が彪彦の胴に喰らいつこうとする。
噛み千切るように〈シザーハンズ〉が胴を抉った。まるで粘土のように簡単に抉れてしまった。いや、本当に粘土なのかもしれない。
傷口から血が噴き出さないのだ。それどころか肉も内臓もなにもない。粘土のようなモノがいっぱいに詰まっているだけだった。
泥人形、無機生物、ゴーレムなどに代表される作りモノなのだ。
彪彦は捨て身――元よりこの肉体など捨てても構わないのか、強引にアリスの懐に入り、その両腕を拘束してしまった。この体勢では彪彦も次の行動がなにもできない。
だが、もう一人いた。
戦いに不向きそうな?鍵男?の存在だ。
?鍵男?は何の指示もされないままアリスの背後に回り込み、開けてしまった。
開けたのはアリスの背中。そこから取り出されたのは、抱きかかえるほどの大きさがある筒状の魔導バッテリー。
バッテリーを奪われすぐに機能が停止するわけではないが、それまでの時間は1分とない。
身動きが封じられているアリス。口はまだ動く。
「コード006アクセス――〈ブリリアント〉召喚[コール]」
光り輝く球体が召喚された。そこからレーザーを放つことができる。部屋がどうなろうと、今は緊急事態だ。
発射されたレーザーは彪彦の躰に穴を開ける。ついでに絨毯を焦がした。
躰が蜂の巣になろうと、痛みを感じていない様子の相手に何の意味がある?
やるなら木っ端微塵に吹き飛ばす技でなくては――。しかし、それをこの場所ですることはできない。彪彦と重なるアリスの身が保たなければ、マナにも甚大な被害が及ぶ、この部屋も酷い有様になるだろう。
何もできないまま時間が刻々と過ぎていく。
テンカウントがはじまる。
マナが彪彦の脚に飛びかかった。なんの助けにもならない。それは飛びかかった本人が1番よくわかっているだろう。しかし、このままではアリスが!
5、4、3、2、1――。
アリスの瞳が静かに閉じられた。急に重くなる躰[ボディ]。
崩れかけている躰で彪彦はアリスを抱きかかえた。
「では参りましょう」
歩き出す彪彦。その先では?鍵男?が扉のない場所の扉を開いていた。
マナは懸命に彪彦の脚にしがみついた。
「アリスを置いて行きなさい!」
「残念ですが、それはできません。ところでD∴C∴に入団する気はありませんか!」
「あるわけないでしょ!」
「それは残念。では、ごきげんようマナさん」
蹴るように振り払われ、マナはベッドの上に落とされた。
すぐにマナは後を追おうと駆けだしたが、目の前で?扉?が閉じてしまった。
激しく壁に顔面に打ち付けマナは転倒した。
「痛ったいじゃないのよぉん!!」
頭をクラクラさせながらマナは歩き出したが、すぐに足が止まってその場に横になってしまった。
「もぉ、こんな呪いさせなければ……師匠のこと呪ってやる!」
作品名:機械人形アリス零式 作家名:秋月あきら(秋月瑛)