カレーライスの作り方
10.江戸前カレー
10.江戸前カレー
「ご隠居さん、お呼びで?」
「おお、玄さん、待ってたよ」
「あっしに何ぞ御用で?」
「これなんだがね……」
「何です? その黄色い粉は」
「蘭学の先生から貰ったんだがね、なんでもカライとか言うものでね、南蛮料理の素なんだそうだ」
「珍しいもんですね、初めて見やした、うっ、匂いのきついもんですね」
「そうだな」
「だけど……くんくん……この匂いを嗅いでいるとなにやら腹が減って来るような……」
「そうだろう? 作り方は聞いてきたんだがね、あたしも小僧もこんなものは作ったためしがない、それでめしやをやってるお前さんに来てもらったってわけだ、作ってみてくれるかい?」
「面白そうですな、やってみましょう、どうやって作るんで?」
「南蛮では馬鈴薯とか言う芋を使うそうなんだが……」
「馬鈴薯ですか、蝦夷の方ではよく食われてるらしいですが、ここらじゃちょっとお目にかかりやせんね、里芋はおありで?」
「ああ、あるとも……それから人参だというんだがね」
「人参? 高麗人参ですかね?」
「いや、それとは違うらしいんだ」
「でしょうな、高麗人参といやぁとても高くて手が出ないもんだ、でも根菜には違ぇねでしょうから大根と牛蒡で代用しやしょう」
「そうだな、後は玉葱だと言うんだが……」
「そいつは見たこともありやせんね、でも葱ってくらいですから長葱で代用しやしょう」
肉は鶏肉を使い、野菜と肉を胡麻油で炒めまして、カライ粉を入れて煮込みます。
「う~ん、変わった味だがなんだか物足りない気がするね」
「あっしもそう思いやす、ちょっと工夫してみやしょう」
玄さん、塩味が足りない分を醤油で、コクが足りない分を鰹出汁で補いまして、出来上がったのはそのまんまカレー南蛮の汁でございますが、洋食など味わったことがないのでプンと香るカライ粉に食欲をそそられ、ピリッと辛い味が飯を進ませます。
「旨い、旨い、さすがに玄さんだね」
「ありがとうございやす、時にご隠居、このカライ粉ってのはもっと手に入りますかね?」
自分でもこの味が気に入った玄さん、早速自分の店に出してみますとこれが大評判。
新しいもの好きで、流行ものは試してみなければ気が済まない江戸っ子気質にもぴったりと合いまして、玄さんの店は大繁盛。
するとその味が口伝えに広まりまして、瞬く間に江戸を中心とした一帯に『カライ汁』が広まります。
ですが玄さん、元祖としては負けてはならじと鷹の爪を胡麻油で炒めて辛味を強くすることを思いつきまして、一辛から五辛まで、辛味を強くしたカライ汁を出しますと、これがまた評判。
「おう、もうカライ汁は食ったかい?」
「おうよ、三辛ってやつを食ったがよ、辛かったね、口から火を吹くかと思ったぜ」
「よせやい、三辛くれぇで威張るんじゃねぇよ、五辛を食えなきゃ俺は江戸っ子と認めねぇぜ」
熱い湯を好み、やせ我慢を自慢する江戸っ子のこと、『もっと辛いのはできねぇか?』と言う要望に応える形で、ついには十辛まで出すようになり、玄さんの店はますます大繁盛です。
「おお辛ぇ! 顔から火が出そうだぜ」
「おうよ、だけどこれくらいが食えねぇようじゃだらしがねぇ」
「だがよ、他所じゃここまで辛い汁は食えねぇだろう」
「そうだな、ここでしか食えねぇな」
その会話を聞いておりました玄さん、ちょうど新しく今よりずっと大きな店を出す算段中でございました。
そして開店の日、誇らしげに墨痕鮮やかな真新しい看板を掲げました。
『ここ一番屋』
お後がよろしいようで。
作品名:カレーライスの作り方 作家名:ST