守り人
私は花壇の前でしゃがみ込む弟に向けてそう言った。天気はあいにくの雨。どしゃぶりのなか、弟は傘もささずしゃがみ込んでいる。私も花壇を覗きこむと、なるほど、この雨の中でもアリがせっせと働いていた。
弟はアリの観察をしていたのだった。
七つも年下の、五歳の弟は、そういえば幼稚園でも友達と遊ばず虫の観察をしていると聞いていた。社会性が身につかないわ、と母はやきもきしていたが、私は逆に弟のこういったところが好きだった。――これって、集中力がある証拠だよね、絶対頭が良いタイプだよ、と姉馬鹿なことをいつも思っている。
弟の隣にしゃがんで、私の傘の中にいれてやった。
ようやく弟は私の存在に気付いたのが、こちらを向いて「お姉ちゃん」と言った。
「そうだよお姉ちゃんだよー。ゆっくん今なにしてるの?」
「ゆっくんはね、いまね、アリさん守ってるの。雨に濡れたら冷たいでしょ。だからね守ってあげてるの」
「そうかー守ってたのかー」
観察だと勝手に思っていたのだが、違ったようだ。そして、あまりに微笑ましい理由に私は顔がにやけた。そりゃあ現実は弟の小さな身体一つじゃ、雨からなんて全然守れてはいない。花壇のふちを右から左へぬけていくアリ達は、弟の影数十センチ分だけ雨からまぬがれて、また雨に降られて歩いていく。
「幼稚園でね、力の強い人は、弱い人を助けなきゃ駄目なんだよ。だからね、守ってあげるの」
弟の正義感溢れた言葉に私はきゅんきゅんした。弟よ、今君は世界で一番かっこよくてかわいいヒーローだぞ。
「きっとアリさんも、ゆっくんにありがとうって喜んでるよ」
私は弟の頭を撫でてやる。弟は擽ったそうにして「ほんとに? そう見える? アリさん喜んでる?」と私に訊ねてきた。
「うんうん喜んでるよー……」と言い切ったところで、私は気づいてしまった。弟の眼鏡が、これ以上ないくらい水滴で覆われていたことを。
「ぶふぉ!」
私は思わず吹き出してしまった。弟は、アリの様子が全く見えないにも関わらず、身体を張って雨から守り続けていたのだ。自らの状態を省みず、ただ、相手を助けるためだけに行動する弟。――もしかして、今まで幼稚園の隅で一人で居たのは、観察ではなく「守るため」なのかもしれなかった。皆が遊ぶボールで潰されないように、風で吹き飛ばされないように。想像したら、なんだか私は笑いが止まらなくなってしまった。あはははは、あはは。もしかしたら、弟は最上級の愛しい愛しいお馬鹿さんかも知れない。
突拍子もなく笑いだした私に合わせて、弟が小さな声で「えへへへ」と笑った。「なんで笑ったの?」と聞いたら。
「お姉ちゃんが笑ったから、面白いことがあるんだろうな、って思ったの。それで、なんだろう、って思って面白いこと思い浮かべたら、ゆっくんも笑っちゃった」
そう言った弟は尚も笑う。
――母様。あなたの息子は、弱気を助け、人のことを想像できる人間です。あなたが思っているよりは、社会性があるかもしれませんよ。と内心姉馬鹿を発揮した。