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『真夏日・カナのスクーター・廃工場の灰羽達』 【灰羽連盟】

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(六)



 ヒョウコ達は廃工場へと帰ってきた。すると建物から灰羽の少年達が数人出てきて中庭に集まった。
「おい! ヒョコが新しいオンナ連れて帰ってきた!」
「あ、ホントだ。ヒューヒュー!」
「ミドリもついに愛想尽かしたかあ?」
「いや、これからドロドロの修羅場になるんじゃね?」
 などなど、カナ達三人を取り囲むと口々に勝手なことを言い始める。
「「違う!」わよ!」
 ヒョウコとミドリは共に、顔を紅潮させながら否定した。ヒョウコは咳払いして男どもを睨んだ。軽口を叩いた少年のひとりがわざとらしく肩をすくめてみせた。

「あれ? カナ? オールドホームの」
 また別の少年がカナのことを気付いたようだ。
「そう。オールドホームのカナだ」
 ヒョウコに紹介されてカナはぺこりと頭を下げた。
「ほら、これなんだけど」
 ヒョウコはスクーターのシートをポン、と叩く。
「カナのスクーターが壊れたんだ。うちらで修理できねえかなと思ってさ。バッテリー上がりかなんかだと思うんだが、アキ」
「えー面倒くせえ……なーんてな、みせてもらっていい?」
 おどけていた少年のひとりが言うので、カナはうなずいた。こうして数人の男子に囲まれることなど今まであまり経験が無かったので、カナにしては珍しく気後れしている。
「カナ。こいつはアキ。バイクとかいろいろ知ってるから」
 ヒョウコから紹介された少年――アキはカナにお辞儀する。
「アキだ。よろしく。……このモデルね。お? これ、レキのヤツじゃん」
 アキは一発で当ててみせた。とたんにヒョウコはばつが悪そうな表情をして顔を横に向けた。
「そう。レキのヤツ」
 ミドリはそう言ってニイッと口元を歪ませる。追い打ち成功。
「レキのスクーターだから直したい、か。ふーん。ヒョコほんっと一途なのな」
「さっすが、黄色い花火打ち上げるヤツは違うね。かーっこいい!」
「やっぱオンナ絡みじゃん。ヒョコよおー」
 少年達は再びはやし立てた。一方でアキは気に留めることなく、スクーターの外装を一瞥したあと、しゃがみ込んでシートやステップをぺたぺた触っている。
「うるっせえぞお前ら!」
 真顔になったヒョウコは一歩踏み出すと拳を突き出した。
「おお怖っ!」
「俺のことはいいんだよ。どうなんだ、アキ。うちらで直せんのか?」
 アキは立ち上がった。
「やってみる。たぶん大丈夫。あー、パーツあったかな? あとこいつ、バッテリーは無いんだわ」
「「え?」」
 カナとヒョウコの声が重なった。

「バッテリー無いって、そんなことねえだろ。……他のバイクは? みんなバッテリー付いてるだろ」
「こういう種類のバイクもあるんだって」
 ふふんと、得意げな表情を浮かべてアキは言う。
「バッテリーじゃなかったらどこが悪いんだ」
「バイクを動かしてる、ほかの電気系統じゃん? 点火プラグとかケーブルとか。なんにしてもガレージ持ってって中見てみないと……」
「もう一度訊くけど直せそうか?」
「パーツがあれば問題ないね」
 ヒョウコの問いかけにアキは答えた。
「分かった。んじゃあスクーターの修理はお前に任せた。……でアキ、お前のバイク貸してくれ。俺、ちょっくらオールドホームまで連絡に行くから。カナが修理の件もあってこっちに泊まるって伝えておかねえと」
「えー、ヒョコが? なんだよそれ、俺も行きたい」
 アキが不満の声を上げる。
「ダメだ。ここで一番機械分かるヤツがいなくなってどーすんだ」
「ちぇー、オールドホームの子達と話せる機会なのに……」
 目の前のカナを差し置いて、アキはしぶしぶ承知した。
「カナがいるのに、ずいぶんとしっつれいなこと言うわねえ」
 ミドリがカナに代わって怒ると、アキはしまったとばかりに口をつぐんだ。
「……申し訳ねえ。悪気があって……じゃねえな。気分を悪くしたなら謝る」
 アキは首《こうべ》を垂れた。根は実直な少年なのだろう。
「いや、べつにあたしは……」
 カナは気にしないでとばかりに手を振る。アキは申し訳なさそうな表情を浮かべたままだ。
「アキ、整備するとこカナに見せてやれ。これからは自分でメンテナンスしたいってさ」
 ヒョウコがアキの肩をぽんと叩く。
「そうなのか?」
 アキがカナに訊いてくる。カナはこくりと頷いた。
「そっか。んじゃあバッチリ教えるぜ」
 ニカッと笑う。アキは気を取り直したようだ。
「オールドホームのほうはヒョコに任せる。俺のバイク持ってっていいぜ。キーの場所分かるよな」
「おうよ」とヒョウコは片手を挙げて応えると、ひとり工場の奥へと向かって行った。
「壊すんじゃねーぞー!」
 ヒョウコの背中に向けてアキは声をかけた。他の少年達も工場の中へと引き上げていく。

「さて。早速だけど、もう修理に取りかかっていいよな? 俺は着替えてくる。あんたもひと息ついたらまたここに来てくれ。ええと、カナ」
「分かったよ。アキ」
 カナは手を挙げて応える。と、ミドリがカナに寄り添ってきた。
「じゃあカナ。あたしが工場の中を案内するね。……そうそう、まずは服、着替えないとね。カナの着替えかあ。どんなのがいいかなあー。ふふーん……」
 ニヤリ。ミドリは意味ありげに顔を歪ませる。カナは鳥肌立った。ミドリは何やらよからぬことを企んでいるのではあるまいか?
「いや、油で汚れちゃうんだから、つなぎでいいよ!」
 あたふたとカナが言う。
「残念。カナがスカート履いたとこ、見てみたいのに」
 ミドリはあっさり企みを白状した。やっぱりか!
「そ、それはかんべん!」
「ふふふ」
 ミドリは妖しげに喉の奥で笑う。
「あたしはさ、こういう服でいいんだ! ……って、聞いてる? ミドリ!」
 カナが文句を付けるも、ミドリは受け流すだけだった。

◆ ◆ ◆

 灰羽少女達が住みかとしているエリアに入ると、カナは皆から大歓迎を受けた。カナのようなボーイッシュなタイプは廃工場には珍しいのだろう。好意と興味の目をしんしんと注がれた……のだが、ミドリが企んでいたようなことを皆考えていそうで怖い。カナはタオルを借りるとそそくさと逃げるようにシャワー室に向かった。
「バスタオルと着替え置いておくねー。着てた服、洗っちゃうからさ」
 更衣室から、ミドリではない少女の声が響く。
「ありがとー」
 カナはシャワーを浴びながら答えた。ゆっくり疲れを取りたいところだが、ガレージに行かなければならないので手短に終わらせた。
「カラスの行水、か」
 今朝もカラスを追い回していたことを思い出して、カナは苦笑する。

 シャワー室を出て、カナはバスタオルを手に取る。それから
「ナンゾイヤー?!」
 奇声を上げるカナ。一瞬、カナはなにかの見間違えかと思ったのだ。そこにある服を。廃工場の女の子達がカナのために用意してくれた着替えを——
 手にとってまじまじと見る。それはピンク色をした正真正銘のミニスカートだった。
 まさかまさか。慌ててもう一枚の布を手に取ると、それはまごう事なき薄手のキャミソール。
「——!」
 目の前に鏡がある。カナは恐る恐るキャミソールを身体に合わせて確認してみる。誰だこれは。
「こっ……これが、あたし……?!」