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『真夏日・カナのスクーター・廃工場の灰羽達』 【灰羽連盟】

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(五)



 昼下がり。
「うん。今日はあたし、調子いいな」
 そうつぶやいて、どこかで聴いたようなメロディを口ずさむ。
 カナの仕事は実に順調だった。工房は吹き通しになっていて風の通りもいいし、扇風機も換気扇もあって気持ちよく仕事に専念できる。
 昼にはまたかるちぇまで出向き、豆のスープとペペロンチーノを平らげた。
 時計屋に戻って、時計が午後三時を告げるころにはカナの仕事もすっかり片が付いた。
 カナはエプロンを脱いでハンガーに掛けると、時計屋の主人に挨拶した。
「親方、お先にー!」
「おう。お疲れ!」
 主人はちらとカナを一瞥したのち、自分の作業に戻った。

 カナは鼻歌交じりに裏手から外に出ると、軒下、スクーターを停めた場所に向かった。日の当たらない場所を選んだとはいえ、シートはかなり熱くなっているので用心して座る。
「……あれ?」
 まただ。何度やってもエンジンがかからない。今回ばかりは押し掛けをしても火は入らなかった。
「あっちゃあ……とうとうダメかあ。どうしよう」
 カナは頭をぼりぼりと掻き、どうしたものかと思案した。が、生来の気の短さが邪魔をして、いいアイディアが思い浮かばない。
「街のガレージで診てもらうしかないなあ。ああもう!」
 暑さも相まってカナの苛立ちは頂点に達した。しかしここで地団駄を踏んでも仕方ない。カナは怒りを引っ込めた。
 今日はせっかく上り調子で気分も爽快だったのに、これで台無しだ。カナはスクーターを押してとぼとぼ歩き始めた。

 グリの街は平坦ではなく、すり鉢状となっている。ぐるりと周りを囲む壁が一番高いところを占め、ここ中央広場が一番低い。カナは重いスクーターを押しながら、長く緩い坂を登っていかなければならない。加えて今は午後三時過ぎ。夏の日射しが街に降り注ぎ、地面まで熱せられている。カナがいくら夏が好きだといっても、この熱気は御免被るところだ。空気がジメジメしてないのがせめてもの救いか。
 工場地区まであと少しというところまでスクーターを押してきたが、さすがにへばった。カナはスクーターのスタンドを立てるとひと休憩入れることにした。水筒の蓋を開け、お茶をカップに注ぐと一気に飲み干す。

「……カナじゃない?」
 誰かがカナを呼んだ。
 聞いたことのある声の方向を見ると、ミドリとヒョウコがいた。廃工場の灰羽達だ。

◆ ◆ ◆

 オールドホームの灰羽達と廃工場の灰羽達。
 訳あってお互い縁遠くなってしまって長いこと経つが、今年に入ってからはラッカが率先して仲を取り持とうとしている。
『私、廃工場の灰羽達と仲を戻したいの。たぶんレキもそれを望んでると思う……』
 あの時、ラッカは自分達――ネムとヒカリとカナ――に真摯な表情で呼びかけたのだ。
 もちろん、現状のままでいいとは誰も思っていない。すでに交流があったラッカとミドリ、そしてヒョウコが音頭を取って、灰羽の集いが何度か開かれている。お互いぎこちないところはあるが、次第に打ち解けるようになってきた。

 今日のヒョウコはスケートボードを脇に抱え、仲良さそうにミドリと連れだって歩いている――ようにカナには見えたが、当の二人に言うとまた怒るだろう。
「ミドリ? 久しぶり」
 カナは手を振って応えた。
「それと、ヒョコ」
「ヒョウコだ! 氷湖!」
 ヒョウコが仏頂面をする。
「このへんだと会ったことないわよね。どうしたの?」
 ミドリが訊いてくる。あはは、とカナは力なく笑った。
「スクーター。動かなくなっちゃった。あたしじゃあ直せそうにないから、ガレージに持ってって診てもらおうかなーとしてるところ。スクーターって重いんだって、今日つくづく実感したよ」
 カナは滲み出る汗をタオルで拭う。
「え? もしかするとここまで押してきたの? 広場から?」
 カナはうなずいた。ミドリは振り返り、自分達が登ってきた坂を見る。
「うわ、大変ね……」

「それ、レキのか?」
 不意にヒョウコが口を挟んできた。カナはうなずく。
「そう。今はあたしが使ってる。整備手帳とか見当たらなくて困ってんだよ。前のオーナー様にはさ、スクーターへの愛情ってヤツをもっと持ってほしかったよ」
 カナは大げさに呆れてみせる。
 なるほどな、とヒョウコは相づちを打つ。誰も異論はないようだ。
「レキらしい、ってレキが聞いてたら怒るだろうけど、何となく納得しちゃうわねえ。昔っから几帳面なんだかズボラなんだか」
 ミドリとカナが笑う。
「ちょっと貸してもらっていいか?」
 ヒョウコはスケボーを置くと、スクーターの計器をチェックし、おもむろにスターターペダルを蹴りつける。二度、三度と。やはりエンジンはかからない。
「ああ。バッテリーあがりっぽいな」
 ヒョウコは何ともしがたい、と首を横に振った。
「やっぱりかあ。どれくらいかかるんだろう? 時間もそうだけどお金が――あたしら灰羽は手帳を使うじゃん。こんな時にレキ、今までどうやってたんだろ……?」
「そうだな、うちらだったら……」

 ヒョウコは少し思案する。それからミドリになにやら耳打ちした。
「え? ……へえ? いいんじゃない? っていうかいいじゃない! それ!」
 名案、とばかりにミドリはパンと両手を合わせた。表情もぱあっと明るくなる。
「ねえカナ。あんたがよければだけど、このスクーター、うちで――廃工場で直しちゃっていいかしら? 別にお代を取ろうってわけじゃなくてさ」
「え?」
 意外な申し出だがカナにとっては嬉しいことだった。
「こっちにはバイク乗りいるしな。大抵はうちらで直しちまえる」
 任せろ、とばかりにヒョウコは得意げな顔をする。
「あんたはほとんどバイク乗らないくせに」とミドリ。
「うっせ!」
 二人の掛け合いは相変わらずだ。カナにしてみれば、まるで見せつけられてるかのよう。どっちも素直じゃないんだから。二人のお喋りが落ち着いたところでカナは声をかけた。
「ならお言葉に甘えて……お願いしちゃおうかな。あたしも整備、手伝っていい? あたしのスクーターだ。やっぱさ、自分でメンテナンスしたいんだよ」
 その言葉を聞いたミドリはにこっと笑ってカナの両手を取った。
「廃工場《うち》に来てくれるのね。みんな歓迎するわよ。なんなら泊まってく? 明日、予定は?」
「特にないかな」カナは返した。
「じゃあ泊まってきなさいよ!」
 ミドリはたいそう上機嫌で、掴んだカナの両手をぶんぶんと振る。
「んー、嬉しいけどオールドホームに連絡入れないとなあ」
「そっか。じゃあ誰か男子、あっちまで連絡に行ってくれないかしら」
「なら俺が行くか」と、ヒョウコが即答する。
「そうね。じゃ頼んだわよ」
 話がとんとん拍子で先に進みつつある。
「ホントにいいのか? それって迷惑になってんじゃ……」
 カナは躊躇《ちゅうちょ》した。
「こっちは構やしないわよ。灰羽同士、またいろいろ話せるせっかくの機会だもの」
 ミドリはにっこりと笑った。