隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
「もう少し考えさせてよ。お願いだから」
「それじゃ話が進まないでしょ。それに明後日からお客さんが来るの。拓君にいてもらったら、もう邪魔なのよ」
「誰が来るの?」
「木田さんの奥さんとあきちゃん。県中(県立中学)の受験で、直前勉強の塾がこの家に近いから、8日まで泊めてあげることになってるのよ」
「また木田さん」
拓君は小声でぽつりと言った。
「拓君は知らないだろうけど、木田さんにはものすごく感謝してて、特にお母さんが亡くなってからは、本当にお世話になってる人なの。もう家族同然って言うくらいに」
秋日子を愛音の家に泊めるというのは、年末の『お好み焼き 千石』での博之の発案である。中学受験のために、直前の短期集中講座に申し込んでいたのだが、自宅近くの塾より、志望中学の近くの塾の方が、よりレベルの高い生徒が集まるということで、意識と集中力を高めるためだったが、それが愛音の自宅からほどいい場所にあったのだ。そして、母親と一緒に泊まりに来るということで、拓君には居づらい雰囲気を作る作戦だった。
「明けましておめでとう御座います。本年も宜しくお願いします」
新年最初の朝礼で、博之は決まり文句を半分照れながら言った。正月気分も抜けないスタッフたちは、始業前からお土産を配り合ったり、写真を見せ合ったりで、仕事始めとは、こういう雰囲気である。
「ま、今日のところは、各業務の状況確認と予定の把握に努めて下さい。それから関係先への年始の挨拶は必ずね。LINEはダメだよ。電話してください。じゃ、よろしくお願いします」
「お願いします!」
皆口をそろえて言って、席に着いた。やはりその後は、雑談が始まるのだった。
博之は、(さあ、面倒な社員もいなくなって、心機一転。現場作業は大変だけど、じっくり進めていこう)と考え、新映像チームとまず、ミーティングを行うことにした。
「じゃ、新映像チームは、会議室に集まって」
「はーい」
藤尾がメンバーを引き連れて、雑談しながら事務所を出て行った。博之はパソコンを持って彼らに続こうとしたところで、小原が暗い顔で、自分のパソコンを睨んでいるのに気付いた。
「どうしたの?」
「はあ、昨日、色々ありまして」
一瞬、目元が潤んだ。気の強いこの女が涙を我慢した。博之は嘘泣きではないと感じた。