あさえもん
胸のまえにだらりと垂らした女の十指から、にょきにょきと長い爪が生えてきた。先端がどれも小刀のように鋭く研ぎ澄まされている。
覚悟するがいい その体ずたずたに引き裂いて あたしとおなじように腹わた引きずり出してくれるわ
女の影がぬっと膨れあがり、天井から覆いかぶさるように襲いかかってきた。同時に吉利は一歩踏み込んでいた。びゅっと風を切って剣が振りおろされる。今度はたしかに斬ったという感触があった。その証拠に、ぎゃっという悲鳴があがった。
青白い人魂がすっうと尾を引いて、天井の暗がりに吸い込まれた。
同時に、女の姿は一瞬でかき消えていた。
吉利は納刀すると、彼女が立っていたあたりを見おろした。床に、両断された護符が落ちている。そっと拾いあげてみると、入谷にある日蓮宗の寺のものだった。本尊は鬼子母神である。
「こいつが怨霊の正体だったのか……」
わが子の供養のために女が隠し持っていたのを、非人どもが取り忘れたのであろう。こういうものには得てして死者の情念が宿るものだ。吉利は手のなかの護符を火鉢へ放った。めらめらと炎があがり、まるで女の髪を焼いたようないやな臭いがした。
彼はぶるっと身を震わせると、綿入れのまえをかき合わせた。
「ちくしょう、なんだか冷えてきやがったな」
膳のまえにすわりなおし、瓶子に残ていった酒をさかずきに盛って一気にあおった。胃がぎゅっと縮むほど苦い酒だ。
「まったく、嫌な稼業だぜ」
鼻のつけ根にしわを寄せ、吉利はしみじみと酒くさい息をついた。
見れば、ろうそくはいつの間にか三本とも燃え尽きていた。