③冷酷な夕焼けに溶かされて
翌日、目覚めると既にミシェル様の姿はなかった。
「お目覚めですか、ルーナ様。」
気づいたララが、笑顔で寄ってくる。
「ミシェル様は?」
挨拶もせずに訊ねる私に、ララがからかうような笑顔を向けた。
「しばらく、お寂しいですねぇ。ルーナ様もお怪我されていなければ、ご一緒にデュー国へ行けましたのに。」
「え?」
私が驚くと、ララがきょとんと目を丸くする。
「聞かれていませんか?国王様は、デュー国へ視察に向かわれたのですよ。」
(デューへ、視察?)
(戦後まだ一週間ほどなのに?)
妙な胸騒ぎを覚えていると、遠くで何か揉めるような喧騒が起きた。
「何事でしょう。」
ララが眉を潜めると同時に、乱暴に開かれた扉と数人の荒々しい足音が響く。
「お待ちください!こちらは国王の許しなく入ることはなりません!」
「ほほほ、何の許しじゃ。ルーチェは我が属国。属国のものは全て我のものじゃろ。」
鈴を転がすような美しい声が、慌ただしい足音と共に近づいてきた。
「ルーナ様!」
ララが小刀を取り出し、私を守るように身構える。
そこへ、不躾にカーテンが開かれた。
「!」
現れたのは、妖艶な色気を放つ美しい女性だった。
やわらかな白金髪の巻き毛は腰まで豊かに彩り、優しげな笑みをたたえたまま、その女性はこちらへ近づいてくる。
けれど、その纏うオーラは不気味で、背筋がふるえるほど恐ろしかった。
「おお、おまえがミシェルの寵姫か。」
女性の後ろから、焦った様子のフィンが私へ目配せしてくる。
「…はい、ルーナと申します。」
私は頸の激痛をこらえながら、起き上がった。
「おお、よいよい、そのまま寝ておれ。」
女性はそう言うと、ぐるりと後ろの騎士達を見回し、フィンに目を留める。
「おまえだけ残り、後は退け。」
騎士達とフィンは顔を見合せ、私へその視線を向けた。
「ご指示通り、フィン以外は下がりなさい。」
私の言葉に、ララがこちらをふり返る。
「あなたもよ、ララ。」
私はさりげなくララから短刀を取り上げながら、微笑んだ。
「聞き分けのよい姫じゃ。さすがヘリオス。」
「!」
発せられた言葉に、皆が身体をふるわせる。
「…下がりなさい。」
私は、微笑みながら騎士達とララを部屋から出した。
「失礼ですが、私はまだあなた様のお名前をおうかがいしておりません。」
私はベッドで正座しながら、女性を真っ直ぐに見上げる。
「おや、知らなんだか?戦場へ出ていた割に無知じゃの。」
魔性を帯びる妖艶な笑みに、再び背筋がふるえた時、フィンがベッドサイドに跪きながら私を見上げた。
「覇王カイン様でございます。」
(!?)
(覇王、って…女性だったの!?)
私は慌てて頭を下げる。
「ご無礼を…失礼致しました。」
そんな私を一瞥すると、覇王はフィンが用意した椅子へ優雅に腰かけた。
「覇王が女で驚いたか?おまえも女の身でヘリオスであるのに?」
喉の奥で笑いながら、覇王は足を高く組む。
その所作のひとつひとつに既視感があった。
「お言葉ですが、私はヘリオスではございません。」
(ミシェル様は、ヘリオスの首を覇王へ送ったと言われていた。)
(だから、ここでヘリオスと認めてはいけないはず。)
「ヘリオスは、ルイーズに首をへし折られたと聞いた。その首がそうであろう?」
言うなり、細身の剣を喉へ突きつけられる。
「!」
私は咄嗟に、身を固くした。
(ここで素早く避けては、ヘリオスと言ったも同然…。)
「覇王様!」
フィンが、慌てて私を庇うようにベッドへ上がってくる。
「ルーナ様のお怪我は、ミシェル様の伽の中でのものでございます。」
突拍子もない言い訳に、一気に私の顔が熱くなった。
「な…なにを…」
「首絞めプレイでもしているのか?」
覇王は目を丸くして、私を見る。
(こ…これは否定したいけど、否定できない!)
私はフィンを睨みながら、ますます顔を熱くした。
そんな私を見つめていた覇王が、声をあげて笑い始める。
「ほほほ!!相変わらず、荒っぽい息子じゃの。」
(…。)
(!)
(息子?)
私が驚いて顔を上げると、覇王はニヤリと笑った。
「知らなんだか?ミシェルは我の息子じゃ。」
作品名:③冷酷な夕焼けに溶かされて 作家名:しずか