『五年目の花火大会』(掌編集~今月のイラスト~)
『五年目の花火大会』
「義男、あんた、今年は夏休み貰えるの?」
「ああ、三日間だけどね、明日希望日を提出することになってるけど?」
「今年の花火大会は八月四日なんだけどな」
「お盆からはちょっとずれるね、多分その時期なら通ると思うよ」
「もちろん行くでしょ?」
「……あ……うん……行くよ……」
完全に見透かされているのがちょっと悔しくて口ごもったものの、実際には母の郷里の花火大会が八月四日だと言うのは既に検索済み、夏休みの正式な申請は確かに明日だが、課長からは希望を聞かれているし『三日から土日を絡めて五日間ではどうですか?』と言ったら『ああ、お盆の時期はどうしても手薄になるから助かるよ』とも言われている、決まったようなものだ。
四年前、大学一年の時に四年ぶりに母の帰省に付き合わされた。
春休みに運転免許を取るのに母から借金をした……あくまで貸してくれただけで出してくれたわけじゃないんだが……のを人質に取られて半ば強制的に運転手を務めさせられた。
そしてその年を含めて四年連続で運転手をさせられている。
借金は初めてのボーナスをはたいて返した、だからもう人質は救出したんだが、母は今年も俺が花火大会に行くと決めてかかっている……その根拠は……浩美ちゃんだ。
浩美ちゃんは母の兄、つまり伯父の娘、そして伯母は母の幼馴染にして親友だったのだが、今じゃ義姉妹になっている。
四年前、浩美ちゃんは中学三年生だった、母の郷里は四年ぶりだったから、まだまだ子供だと思っていた浩美ちゃんがすっかり女らしく可愛くなっていたので驚き、そしてちょっとキュンとしてしまったのだ。
大学時代、まるで女の子と付き合っていないわけじゃない、特別にモテる方とまでは言わないが、ルックスは悪い方じゃないと思うし、大学だってそこそこ知られた大学だったからね。
でも、どの娘ともあまり長続きはしなかった。
正直に白状しよう、どの娘も浩美ちゃんほど可愛いとは思わなかったし、彼女の持つ透明感のようなものは他の娘からは感じられなかったんだ。
従妹だからさ、あんまりのめりこんじゃいけないとも思うんだけど、自分の気持にウソをつき通すのは中々難しい。
と言うわけで、俺は毎年母の運転手を務めているわけだ、そして今年も。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
今年は花火大会の一日前から伯父の家……母の実家でもあるわけだが……に泊まっているから、花火大会当日はかなり早めに会場入りした。
花火大会の日は夕方まだ明るい内から屋台が出て賑わう、もっとも東京の花火大会のように人が詰め掛けてごった返す感じではない、全国的にも有名な花火大会だから人出は多いが、会場の広さがまるで違うから。
「おお、いいね、いいね、これ義男の奢りでしょ?」
「はいはい、曲がりなりにも社会人になりましたからね」
今年は有料のテーブル席を予約しておいた、去年はちょっと天気が怪しかったから浩美ちゃんの浴衣姿が見れなかったんだ、ピクニックシートじゃせっかくの浴衣が汚れちゃうかも知れないからね、まぁ、今年は雨の心配は全然なさそうだが。
だが、実際気持がいい、まだまだ残暑の厳しい時期だが広々とした河川敷に川面を渡って来る風が心地良いし、有料席だから花火も例年より間近で見られる。
「さ、飲もう、飲もう」
母はテーブルにつくなり早速ビールを御所望だ。
「つまみはねぇ、とりあえず冷奴と枝豆、焼き鳥位で良いかな」
「誰が買いに行くんだよ」
「あんたに決まってるしょうが、男はあんたしかいないんだから」
「はいはい、わかりましたよ、伯母さんは?」
「あたしはチューハイを貰おうかな」
「浩美ちゃんは?」
「あたしは一緒に……」
そう言いながら席を立つ、一人では持ちきれないのを知っていて一緒に来てくれるのだ、毎年そうなのだが、二人で並んで歩くのは正直楽しみだ。
「よっ、お二人さん!」
「ホント、似合いのカップルよねぇ」
席に戻ると母に冷やかされ、伯母もそれに乗っかるのも毎年のこと……正直、悪い気はしないし、浩美ちゃんがちょっと恥ずかしそうにするのも可愛くて……。
「義男、ほら、写真写真」
「人使い荒いなぁ」
俺は苦笑いしながらスマホを取り出す。
母と伯母、母と浩美ちゃん、そして伯母と浩美ちゃん……冷やかす位だから俺と浩美ちゃんのツーショットを撮ってくれても良さそうなものだが……。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「あっ、上った上った」
「いよっ、た~ま~や~~~~~!」
日もとっぷりと暮れ、最初の一発が打ち上げられた。
東京では八寸玉が限界らしいが、ここでは一尺玉は当たり前、最初の一発は景気づけに三尺玉が打ち上げられる、直径六百メートルの大輪の花が夜空に開き、浩美ちゃんの横顔を赤く照らし出した……毎年、俺が一年で一番楽しみにしている瞬間だ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「恵子、また来てね」
「うん、あたしの専属運転手はいつでもホイホイ連れてきてくれるからね、また来るわよ」
俺の夏休みは瞬く間に過ぎ、今日は東京に帰らなくてはいけない、母と伯母は名残を惜しみ、浩美ちゃんは伯母の半歩後ろで微笑みながら小さく手を振って見送ってくれた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「あ~楽しかったぁ、浩美ちゃん、また可愛くなってたねぇ」
帰りの車の中、母が後部座席でふんぞり返って言う、もっとも助手席に乗られたらもっと鬱陶しいが……。
「あ、まぁ、そうだね」
「短大だから二年後には卒業だね」
「そうなるね」
「その頃二十歳だよね、で、義男は二十四かぁ」
「何が言いたいんだよ」
「……あのさ、あたしと兄貴って血のつながりないんだよね……」
「へ?」
「ウチの親、結婚して十年経っても子供が出来なくてさ、跡取りがいないのは困るってんで産まれたばかりの兄貴を養子にもらったってわけ、そしたらその後、予想外にあたしが産まれたんだよね、ま、女で却って良かったけど……もっとも兄貴も自分が養子だったなんて知らなくてさ、もちろんあたしも知らなくて、あたしが結婚する時に戸籍が必要になるじゃない? その時初めて明かされたんだよね」
「ふぅん……」
「もっともね、ウチの親は分け隔てなく可愛がってくれてたし、明かした時も『恵子は嫁に出す、跡取りはお前だ』って言ったし……兄貴もびっくりはしてたけど何のわだかまりもなくってさ、ま、赤ん坊の時から育てたんだから実の子も同然だよね」
「……」
俺の頭の中はめまぐるしく動いていた。
と言う事は、俺と浩美ちゃんの間に血のつながりはないってことだ、戸籍上は従兄妹だが、従兄妹の結婚は法律上も許されているし、血のつながりがないって事は遺伝子的な問題もないってことになる……。
道理で……。
お調子者の母はともかく、普段は大人しい浩子伯母まで俺と浩美ちゃんを冷やかすような態度を取るのに違和感があったのだが、伯母もそれを知っているんだ……浩美ちゃんは? 浩美ちゃんはそれを知っているのか……?
「義男、あんた、今年は夏休み貰えるの?」
「ああ、三日間だけどね、明日希望日を提出することになってるけど?」
「今年の花火大会は八月四日なんだけどな」
「お盆からはちょっとずれるね、多分その時期なら通ると思うよ」
「もちろん行くでしょ?」
「……あ……うん……行くよ……」
完全に見透かされているのがちょっと悔しくて口ごもったものの、実際には母の郷里の花火大会が八月四日だと言うのは既に検索済み、夏休みの正式な申請は確かに明日だが、課長からは希望を聞かれているし『三日から土日を絡めて五日間ではどうですか?』と言ったら『ああ、お盆の時期はどうしても手薄になるから助かるよ』とも言われている、決まったようなものだ。
四年前、大学一年の時に四年ぶりに母の帰省に付き合わされた。
春休みに運転免許を取るのに母から借金をした……あくまで貸してくれただけで出してくれたわけじゃないんだが……のを人質に取られて半ば強制的に運転手を務めさせられた。
そしてその年を含めて四年連続で運転手をさせられている。
借金は初めてのボーナスをはたいて返した、だからもう人質は救出したんだが、母は今年も俺が花火大会に行くと決めてかかっている……その根拠は……浩美ちゃんだ。
浩美ちゃんは母の兄、つまり伯父の娘、そして伯母は母の幼馴染にして親友だったのだが、今じゃ義姉妹になっている。
四年前、浩美ちゃんは中学三年生だった、母の郷里は四年ぶりだったから、まだまだ子供だと思っていた浩美ちゃんがすっかり女らしく可愛くなっていたので驚き、そしてちょっとキュンとしてしまったのだ。
大学時代、まるで女の子と付き合っていないわけじゃない、特別にモテる方とまでは言わないが、ルックスは悪い方じゃないと思うし、大学だってそこそこ知られた大学だったからね。
でも、どの娘ともあまり長続きはしなかった。
正直に白状しよう、どの娘も浩美ちゃんほど可愛いとは思わなかったし、彼女の持つ透明感のようなものは他の娘からは感じられなかったんだ。
従妹だからさ、あんまりのめりこんじゃいけないとも思うんだけど、自分の気持にウソをつき通すのは中々難しい。
と言うわけで、俺は毎年母の運転手を務めているわけだ、そして今年も。
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今年は花火大会の一日前から伯父の家……母の実家でもあるわけだが……に泊まっているから、花火大会当日はかなり早めに会場入りした。
花火大会の日は夕方まだ明るい内から屋台が出て賑わう、もっとも東京の花火大会のように人が詰め掛けてごった返す感じではない、全国的にも有名な花火大会だから人出は多いが、会場の広さがまるで違うから。
「おお、いいね、いいね、これ義男の奢りでしょ?」
「はいはい、曲がりなりにも社会人になりましたからね」
今年は有料のテーブル席を予約しておいた、去年はちょっと天気が怪しかったから浩美ちゃんの浴衣姿が見れなかったんだ、ピクニックシートじゃせっかくの浴衣が汚れちゃうかも知れないからね、まぁ、今年は雨の心配は全然なさそうだが。
だが、実際気持がいい、まだまだ残暑の厳しい時期だが広々とした河川敷に川面を渡って来る風が心地良いし、有料席だから花火も例年より間近で見られる。
「さ、飲もう、飲もう」
母はテーブルにつくなり早速ビールを御所望だ。
「つまみはねぇ、とりあえず冷奴と枝豆、焼き鳥位で良いかな」
「誰が買いに行くんだよ」
「あんたに決まってるしょうが、男はあんたしかいないんだから」
「はいはい、わかりましたよ、伯母さんは?」
「あたしはチューハイを貰おうかな」
「浩美ちゃんは?」
「あたしは一緒に……」
そう言いながら席を立つ、一人では持ちきれないのを知っていて一緒に来てくれるのだ、毎年そうなのだが、二人で並んで歩くのは正直楽しみだ。
「よっ、お二人さん!」
「ホント、似合いのカップルよねぇ」
席に戻ると母に冷やかされ、伯母もそれに乗っかるのも毎年のこと……正直、悪い気はしないし、浩美ちゃんがちょっと恥ずかしそうにするのも可愛くて……。
「義男、ほら、写真写真」
「人使い荒いなぁ」
俺は苦笑いしながらスマホを取り出す。
母と伯母、母と浩美ちゃん、そして伯母と浩美ちゃん……冷やかす位だから俺と浩美ちゃんのツーショットを撮ってくれても良さそうなものだが……。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「あっ、上った上った」
「いよっ、た~ま~や~~~~~!」
日もとっぷりと暮れ、最初の一発が打ち上げられた。
東京では八寸玉が限界らしいが、ここでは一尺玉は当たり前、最初の一発は景気づけに三尺玉が打ち上げられる、直径六百メートルの大輪の花が夜空に開き、浩美ちゃんの横顔を赤く照らし出した……毎年、俺が一年で一番楽しみにしている瞬間だ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「恵子、また来てね」
「うん、あたしの専属運転手はいつでもホイホイ連れてきてくれるからね、また来るわよ」
俺の夏休みは瞬く間に過ぎ、今日は東京に帰らなくてはいけない、母と伯母は名残を惜しみ、浩美ちゃんは伯母の半歩後ろで微笑みながら小さく手を振って見送ってくれた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「あ~楽しかったぁ、浩美ちゃん、また可愛くなってたねぇ」
帰りの車の中、母が後部座席でふんぞり返って言う、もっとも助手席に乗られたらもっと鬱陶しいが……。
「あ、まぁ、そうだね」
「短大だから二年後には卒業だね」
「そうなるね」
「その頃二十歳だよね、で、義男は二十四かぁ」
「何が言いたいんだよ」
「……あのさ、あたしと兄貴って血のつながりないんだよね……」
「へ?」
「ウチの親、結婚して十年経っても子供が出来なくてさ、跡取りがいないのは困るってんで産まれたばかりの兄貴を養子にもらったってわけ、そしたらその後、予想外にあたしが産まれたんだよね、ま、女で却って良かったけど……もっとも兄貴も自分が養子だったなんて知らなくてさ、もちろんあたしも知らなくて、あたしが結婚する時に戸籍が必要になるじゃない? その時初めて明かされたんだよね」
「ふぅん……」
「もっともね、ウチの親は分け隔てなく可愛がってくれてたし、明かした時も『恵子は嫁に出す、跡取りはお前だ』って言ったし……兄貴もびっくりはしてたけど何のわだかまりもなくってさ、ま、赤ん坊の時から育てたんだから実の子も同然だよね」
「……」
俺の頭の中はめまぐるしく動いていた。
と言う事は、俺と浩美ちゃんの間に血のつながりはないってことだ、戸籍上は従兄妹だが、従兄妹の結婚は法律上も許されているし、血のつながりがないって事は遺伝子的な問題もないってことになる……。
道理で……。
お調子者の母はともかく、普段は大人しい浩子伯母まで俺と浩美ちゃんを冷やかすような態度を取るのに違和感があったのだが、伯母もそれを知っているんだ……浩美ちゃんは? 浩美ちゃんはそれを知っているのか……?
作品名:『五年目の花火大会』(掌編集~今月のイラスト~) 作家名:ST