繰り返してはいけない悔恨
優しすぎる愛の手がさしのべられたとき、その感情がマックスになった時点で意味もなく拒否する言葉を発してしまう悪い癖。
ハッと我に返った時はもう取返しがつかない…そういう経験をしたことが何度かある。
分かっているはずなのに何年か経つと又同じことを繰り返してしまう。
好きな気持ちがあまりにも大きすぎて舞い上がってしまうのかもしれない。
もし最初の愛を受け止めていたら、私は後に人生を共にした夫とは別の人と共に生きていたかもしれない。
人は一度大きな失敗の経験をしていても、差し伸べられる手を払いのけるという愚かな行為をするまいという思いは無意識の域では自覚できていないらしい。
若い時といわず中年高年になってさえ、状況は全く違ったとしてもやることは同じなのだ。
今の年齢で想定するとしたら、積み重ねて学習してきた趣味とそれに携わった人物との決別ということになる。
人はいつまでも手を差し伸べてはくれない。
拒否すればその時点で終りなのだ。
高齢になると多少の経験があるので拒否した後の寂しさと悔恨は理解できるが、人は良い癖も悪い癖も習いとなるものだ。
素直な気持ちで差し出された温かい手を感謝で受け入れることができる人は幸せな人である。
自らが断ち切った悔恨で苦しむ道を行くかどうかをじっくり考える必要があるように思うこのごろだ。
作品名:繰り返してはいけない悔恨 作家名:笹峰霧子