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ふしじろ もひと
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novelistID. 59768
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『塔の姫』 ~アルデガン外伝0~

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そは遠き昔の遠き世界
絶頂迎えし魔導の技が
力を得たる多くの者に
邪心招きし悪しき時代

高さ競いし黒鉄の塔
魔力に歪みし昏き空
地より漏れし雷光の
あがく龍さながらに
天に描くよじれし弧

大陸の西のとある森
緑豊かな小さき国に
一人の姫が生を受け
父王いたく嘆きたり

野心隠さぬ隣国の王の
贄となるため生れしか
王子の妃にと命あらば
拒む術などありはせぬ

新たな国へと目移らば
その命とて危うからん
ああ呪わしき我が無力
姫も国も守れぬこの身

では姫君を秘するまで
進言せしは宮廷魔術師
幸い姫君の守り星は森
未聞の術さえ施せよう

銀の塔を森の奥に建て
姫君をそこに匿われよ
守護の呪文を紡ぐゆえ
真の名もまた隠されよ

姫君の身に守りの術式
森の加護を織り込めば
森で危難に会おうとも
その身を塔へ戻せよう
塔に戻らばもはや姫に
仇なす術はありはせぬ

姫君を軸に結界巡らせ
国に忘却の幻術施さん
王があえて望まぬ限り
我が民以外の奴ばらに
無人の荒野と映るよう
荒れた森と見えるよう

老魔術師の忠言容れて
赤子は森の塔へ移され
国民の命運負いにけり
民にも秘されし塔の姫
姫さえ知らぬその秘密

日陰に芽吹きし種一つ
かくて塔にて育ちたる
黄金の髪と緑の目もつ
森人一族の秘めたる宝
年月を経て開くは大輪

豊かな髪は背にうねり
紅玉とまがう小さき唇
侍従と僅かな侍女達と
時折きたる父王の他に
語る相手もなけれども

耳は梢を渡る風を聴き
瞳は樹木の彩りを映す
樹木に語らい花を愛で
緑を映せし銀の塔での
日々を疑うこともなし

されど病に伏せりし王
はや訪れる事能わざり
父の許へと願いし姫は
登城禁じる王命受けて
初めて疑う己が身の上

なぜこの塔を出られぬや
なぜこの森を出られぬや
何故我は気づけざりしか
かくもこの世の狭きこと

晩春の宵の薄闇に紛れ
侍従や侍女の目を盗み
ついに抜け出す銀の塔
されど森の中の湖畔に
淡き花びら渦巻く中に
佇みたるは魔性の乙女

黒き衣の背に流されし
身の丈ほどの髪は雪白
大きな碧眼のその深さ
底知れぬその眼差しに
畏怖を覚えし姫の身は
白銀の塔へと転移せり

あれは始祖たる吸血鬼
出会いし者を転化させ
人外の身に堕とすもの
戦慄収まらぬ塔の姫に
語りかけしは魔性の声

塔の守りと森の加護
重ねて堅き守護の術
我が力とて及ばねど
定めを変える力なし

道の交わる者だけが
我と出会う理なれば
いずれ時も心も移り
宿命の刻こそ訪れん

告げる乙女の低き声に
見上げる深き眼差しに
畏れの中にありつつも
心惹かれし所以は何ぞ

かの碧眼に宿りし光は
時越えし者の叡智の印
遥かな旅路で映じたる
数多のものの遠き残像

花散らす風に雪白の髪
なびかせ薄らぐその姿
追いし瞳に宿りし色は
憧れと羨望に他ならず

ああ籠の鳥の身ぞ哀し
父君の許すら行けぬ我
何故この身に許されぬ
魔性の者すら持つ自由

思い悩みし姫をよそに
季節は移ろい迎えし夏
弟と名乗りし王子訪れ
父王の訃報告げにけり

塔の窓に取りすがり
嘆く姫を見上げる瞳
同じ緑の目に燃ゆる
義憤の念ぞ激しけり

今際の際に父上は語りし
姉上を秘してありしこと
国民の守護の人柱となし
銀の塔に閉じ込めしこと

驚かれたるも無理はなし
日陰の身強いる不憫さに
せめての安らぎ願うゆえ
父上は真実を秘し給うた

されどいかなる故あれど
許されざるはこの仕打ち
そのかんばせの陰りこそ
安穏と暮らせし我らが罪

姉上一人に犠牲を強いて
もはや暮らすは許されじ
この国を継ぎし者として
かの暴虐の仇敵に挑まん

無謀なことを言い給うな
父上をかくも悩ませし敵
勝てる筈などありませぬ
されど新王の決意は固し

正面きって勝てずとも
奇襲によらば勝機あり
長きにわたり結界の中
国ごと潜みし我らゆえ

必ずや災いの影はらい
この牢獄より解き放ち
お返しするが我が責務
王のみが知る真の御名

姉上の守護の要なれば
未だ告げるは能わねど
暗雲晴れしその日こそ
尊き御名にて呼び申す

踵を返し立ち去る王に
白き腕差しのべれども
惑う思いは千々に乱れ
言葉の形をなさざりき

いましばしとの王の声
去りぎわのその一言が
姫の惑いをかき立てり
留めんとの声封じけり

破壊と死招く魔の光
遂に夜空へ駆け上る
己が沈黙のその結果
悔いつつ祈る塔の姫

だが朗報なきままに
夏は無情に翔り去り
姫の煩悶掻き立てつ
蒼穹の色ぞ移りゆく