小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

おしゃべりな未来たち

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
おしゃべりな未来たち


 これまでの人生、人一倍健康には気遣ってきたという自覚はある。
 三日目で終わってしまったが、朝夕のランニング。茹で玉子ダイエットにリンゴダイエットはともに3個目で断念した。筋肉痛という思い出を残して退会したスポーツジム。体を洗いすぎると体臭がキツくなると聞けば、極力洗わないようにした。未だ独身なのは、決して体臭のせいではなく、結婚が健康にすこぶる悪いという信念からだ。断言しておく。
 糖質ダイエットに脂質ダイエット。脳みそまで干からびそうになって気がついた。痩せたいのではなく健康であり続けたいのだと。気づくまでの三日間の永かったこと。

 1枚のチラシが投函されていた。
【健康家電モニター募集】という見出しに誘われて電話をしてみると、あれよあれよという間に話が進んでしまう。
 さっそく家にやってきた担当者は、冷蔵庫や調理家電、生活家電などを設置し、自慢げに言い放った。
「すべてこれらの家電に任せていれば健康な生活が保障されますよ。それでは三ヶ月後にまたお目に掛かりましょう」
 契約書の控えを残して帰って行った。

 家の中に新品の家電があるということはこんなにも心地が良いものなのか。眺めているだけで健康になりそうな気がしてきた。こんなことならもっと早くこのモニター制度を知っておくべきだったな。

 そんな快適生活のころびは洗濯機を使ったときから始まった。
「少々加齢臭がします。乳酸菌や芋類、豆類の摂取をお勧めいたします」
 いきなり洗濯機がしゃべり始めたのだ。確かに加齢臭を心配する年齢になったのかもしれないが、洗濯機にそんなことを言われるとは夢にも思わなかった。
「そんなに匂うかい?」
 話しかけてみたが、洗濯機は沈黙したままだった。一方的にしゃべるだけでこちらの言うことは理解できないのか? まあいい、乳酸菌はともかく、芋も豆もあまり好きではない。好きな食べ物を食べて健康になりたいのだ。その日の夕食はカツ丼にした。近所のスーパーで買ってきた出来合いのカツを冷蔵庫にある玉子でとじただけの至ってシンプルでパワーのでる料理だ。タマネギは入れない。もちろんグリーンピースなどはもってのほか。それがオレ流のカツ丼。新品の炊飯器で炊いた飯もツヤツヤして上出来だった。

「加齢臭が改善されてませんね。芋と豆を中心にした食生活を強くお勧めいたします」
 翌日、また洗濯機に意見されてしまったが、食べたいものを食べて健康になるという信念は揺るがない。夕食は焼き肉セットをスーパーで購入して、炊きたてのご飯に乗せて食べるという至福の時間を過ごした。

「どうやらご自身で改善する意思がないようですね。本日から強制プログラムを実行させていただきます」
 何やら物騒なことを洗濯機は言っていたが気にしない。夕食はレトルトのハンバーグがいいかもしれない。目玉焼きを乗せて、炊きたてご飯でいただこう。さあ、スーパーへ買い出しだ。
「申し訳ございませんがこちらの商品はお売りできません」
 スーパーのレジ係がそんなことを言ってきた。そういえばレトルトハンバーグのバーコードを読み込んだときに「ピーーー」と警告音が響いていた。
「えっ、なんで?」
「健康家電モニターを企画している会社との契約がありまして、警告された商品はお売りできないんです」
 確かに、契約書には「指示に従うこと」との文言があったように思う。くそっ、なんてことだ。Wi-Fiかなにかで繋がっているのか? 何も買わずにスーパーを出て近所の定食屋へと足を向ける。思う存分ハンバーグ定食を食べてやる。
「ピーーー!!!」
 券売機でハンバーグ定食のボタンを押しても警告音が鳴り響くばかりで、もちろん券は出てこない。何度試しても結果は同じ警告音が鳴り響くだけだ。そこでフッと思いあたって「里芋の煮っころがし定食」のボタンを押してみた。カサッと音がして券が出てきた。やっぱり健康家電と情報のやりとりをしていたのか。
 ハンバーグを欲していた腹に里芋の煮っころがしは厳しかった。いや、なによりも里芋がご飯に合うはずもない。半分を残して定食屋をあとにした。
 腹が減って眠れなかったので、アルコールで空きっ腹を満たし眠りにつくことにする。

「アルコールが残留しています」
 朝のトイレがそんなことをしゃべり出した。トイレも新しく設置された健康家電の一つだ。
「胃に優しいおかゆを強くお勧めいたします」
 洗濯機に続いてトイレまでもが話すとは、しかも尿を分析して献立を決めてくる。そんなことは無視して今朝はハムエッグにしよう。米びつから米を取り出し、丁寧に研いで炊飯器に放り込む。水はメモリより少し少なめ。ご飯は固めが好みなのだ。炊飯スイッチオン! 「ピーーー!!! おかゆには水が足りません。あと400ミリリットル足して下さい」
 なに! そんなに水を足したらホントのおかゆになってしまうではないか。しかもかなり緩いおかゆだ。
 ハムエッグだけでも作ろうと冷蔵庫を開けると、開けると、開け……開かない! なんで!?
「今朝はおかゆを勧められたはずです。おかゆを召し上がるまで冷蔵庫はロックされます」
 冷蔵庫までもがしゃべる。しかも食材を閉じ籠めて、明け渡してくれない。なんて奴らだ。こうなったら近所の定食屋で……ダメだ、きっと券売機はおかゆ定食(こんなメニューがあるかどうか知らないが)以外は「ピーーー!!!」だろう。
 結局、塩味だけの味気ない(正しい表現だろうか?)おかゆを「俺が喰いたかったのはこれじゃない!」と心の中で叫びながら寂しく食べた。
 リビングでテレビのスイッチを入れると……お目当ての情報番組にチャンネルが切り替わり、切り替わり、切り……切り替わらない! 画面にはムキムキ男のエクササイズが映るばかり。
「さあ、体に残っているアルコールを抜きましょう。レッツ発汗ダンシング!!!」
 画面の中のムキムキマンではなく、テレビがしゃべっている……無視しよう。
「汗が付着した洗濯物を分析すれば、どれくらい運動したかが分かってしまいますよ。さあ体を動かしましょう。レッツダンシング!」
 クソッタレ!

 それからは家中の家電に容赦なく酷使される毎日だった。
 朝一番のトイレや洗濯機で神のお告げを聞き、買い物は家電の許しがないものは買えず、外食もままならない。強く勧められた料理を自分で作らされ、適度な運動も強制される。何の事は無い、これでは家政婦ではないか、しかも給料は出ない。

「血便を発見しました。病院で検査を受けて下さい」
 トイレに脅かされた。血便などはこれまでの人生で一度も経験がない。崩れ落ちそうな気分を奮い立たせて病院へと向かう。

 X線検査の結果を見ながら担当した医者が告げる。
「胃潰瘍ですね。暴飲暴食、ストレスなどに心当たりは?」
 心当たり? あるに決まっている。健康家電による強大なストレスが原因だ。ああ、一度でいいから暴飲暴食をしてみたかった。
 即日入院が決まり、ベッドで横になっているだけの生活が始まった。
 案外と入院生活も悪くない。上げ膳据え膳の三食昼寝付き、談話室に行けば同病相憐れむで、ほかの入院患者とも話がはずむ。
作品名:おしゃべりな未来たち 作家名:立花 詢