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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ

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『なんだかんだ言っても、結局、運はいい方だったと思っている。たくさんの素晴らしい人間に出会えたし、……君にも会えた』
 美紗の目からこぼれた涙を拭った大きな手の温かさが、ほんのりと蘇る。

 あなたは今も、運が良かったと思ってくれているの?
 家族を裏切らせた私に出会って、運が良かったと――


「あ、美紗ちゃん」
 背後から名を呼ばれ、美紗ははっと振り返った。アイボリー色のワンピーススーツを春らしく着こなした吉谷綾子が駆け寄ってきた。
「ギリギリ間に合ったかな」
「日垣1佐の見送りにいらしたんですか?」
「うん。今朝、メグさんが見送り行事のこと教えてくれてね。ちょうど仕事のキリがついたから、ちょっと抜けて来たの」
 吉谷は、見送りの列にわずかな隙間を見つけると、そこに美紗を押し込み、己は美紗の背後に立った。
「日垣1佐、どこかの基地司令にでもなるのかと思ったら、内閣審議官なんて、ホント想定外よね。アメリカでいう『ホワイトハウス入り』みたいなものでしょ? 次に市ヶ谷に戻ってくる時はどんなおエラ様になってるのかな」
「次に……」
 美紗は、挨拶を結ぶ1等空佐をぼんやりと見つめた。二年の内閣官房出向の後、彼は地方部隊で要職を務め、五、六年後に再び市ヶ谷に帰ってくるのだろう。その間、自分はどうしているだろう。彼をずっと待ち続けるのか、自分自身ですら分からない。ただ一つ確かなのは、待っていてはならないということだけ……。

 美紗の周囲で、再び拍手が起こる。挨拶を終えた日垣は、まさに退場しようとしていた。見送り行列の先頭に立つ一団に歩み寄り、恰幅の良い背広の男と親しげに話している。