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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ

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 ひと月ぶりに顔を見せた長身の客を、マスターは申し訳なさそうに出迎えた。
「あいにく、ただいま『いつものお席』がふさがっておりまして……」
「取りあえずカウンターでいいよ」
 日垣は、付き合いの長いバーテンダーに「いつものを」と言うと、カウンター席に座る美紗の傍に歩み寄った。
「かえって迷惑じゃなかったかな。こんな時間になってしまって」
 久しぶりに聞く、耳に心地よい低い声。美紗は、頬がわずかに紅潮するのを感じながら頭を横に振った。話したいことがたくさんあるのに、言葉が出てこない。
「今日は、珍しい色のお酒を飲んでいるんだね」
 美紗の前に置いてある背の高いコリンズグラスは、ピンクとオレンジが交じり合ったような淡い色をしていた。わずかに見える小さな泡が、グラスの中で震えるように光っている。
「マスターが、『今日は甘いもののほうが』って、これを……」
「何ていうカクテル?」
「即興で作ったオリジナルなんですよ」
 かすかに照れくさげな表情を浮かべたマスターは、年の離れた二人連れに愛おしそうな眼差しを向けた。
「深く澄んだ青も美しいですが、こういう温かみのある色合いも、鈴置さんにはお似合いかと思いまして」
「何だか、幸せそうな色だね。でも、見かけによらず強いのかな」
「ソーダで割っておりますので、ビール並みというところでしょうか」
「ビール?」
 日垣はクスリと笑うと、美紗を覗き込むように見た。
「いつもマティーニの君が『ビール並み』を勧められるとは、ちょっと心配だね。少しお疲れ気味?」
「いえ、あの……」
 すでにそのマティーニを飲んだ後だとは、何となく言いづらい。美紗は、ちらりとマスターのほうをうかがい見ると、縮こまるように下を向いた。ベテランのバーテンダーは、ひとり面白そうに目を細めると、「お待たせいたしました」とだけ言って、美しいカットが施された水割りのグラスを日垣の前に置いた。