カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ
第九章:アイスブレーカーの行方(4)-無言の花束①
三月末日、統合情報局では四月一日付けで異動する佐官の見送り行事が行われた。満開に近い桜が青空に映える中、特に急ぎの案件を抱えていない者たちが建物の外に出て長い人垣を作る。一週間ほど前に片桐を指揮幕僚課程へと送り出した直轄チームでは、花粉症に悩む先任の佐伯を電話番に残し、松永以下四名が見送りの列に並んだ。
美紗は、大ぶりの花束を抱え、建物の入り口近くに控えていた。部長職の面々が居並ぶ傍には、美紗と同様に花束を手にした女性職員が、制服と私服合わせて十名ほどたむろしていた。別棟で勤務している者も混じっているのだろう。半数は見知らぬ顔だ。
ほどなくして、人のよさそうな顔をした総務課長が建物から出てきた。彼の後ろから、濃紺の制服が似合う長身の1等空佐が姿を見せる。雑談をしていた見送りの人垣がさっと姿勢を正した。人の話し声が消えると、都会の空を飛ぶ野鳥のさえずりが聞こえてきた。美紗は奇妙な緊張感を覚えた。
日垣を先頭に、建制順に並んだ自衛官たちが前へ進み出る。見送りの人垣を左側に見て整列した制服たちは、ひどく堅苦しく見えた。皆、室内ではまず着用することのない正帽を目深に被っているせいかもしれない。
「転出者を紹介いたします。日垣1空佐は、統合情報局第1部長から内閣官房内閣審議官へ」
総務課長の紹介を受け、日垣は一歩前に出て直立不動の姿勢を取った。佐官用の正帽のひさしを飾る銀色の桜花・桜葉模様の刺繍が、春の陽ざしを受けて柔らかく光った。美紗は、生花の香りがほのかに漂う花束を強く抱きしめた。指揮官然とした彼の立ち姿は、あまりにも遠く感じられた。
あの人が、行ってしまう……
ふいに強烈な喪失感に襲われる。彼の次の任地は地下鉄で二駅しか離れていないと分かっているのに――。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ 作家名:弦巻 耀