こばえくんとひらてうち
台所のシンク脇に置いてある空色… クレイグレイ色の雲が蔓延る曇り空ではなく、澄んだ初夏の突き抜けるような青い空の色の三角コーナー。調理中や食後に出る生ごみや残飯などゴミを溜めるための直角二等辺三角形に近い形をしたゴミ箱のことだ。
じめっとした日はとくに匂い立つそこは、小八重くんにとっては、遊園地ともパラダイス・楽園とも思える極楽なのだ。神も仏も折衷するようなその場所が この先パラダイス・天国とあれよ、あの世とならなければと願っている。
小八重くんの紹介しておこう。
小八重くんことノミバエ一族については 体長はほぼ0.5mm。姿は 一見健康はつらつ黒色や黄褐色の体色なのだが、食べることが根っから好きな一族らしく丸っこいぽっちゃり体形が特徴だ。しかし、運動能力は上等!非常に活発に動き回るのでうっとおしい。元気なのかといえば、駆け巡る一生は短命で 寿命は10日ほど。とはいえ その一生のサイクル(卵から幼虫、幼虫からさなぎ、さなぎから成虫になるまでの期間)は約2週間と大変早い。あっという間に成虫になる。
『あ!』……ってほどではない。
しかし、代々いつまでも鬱陶しく飛び回ります。
昨今の小八重くんのお気に入りといえば、此処んちの… おやおや?
小八重くんの同居人というか、飯当番のまかないさんの清美さんが毎朝食す 黄色くて、いいくらいに茶色い斑点が出始めたバナナ。
清美さんは、その名のように清潔に美しくと心掛けてはいるものの、名前負けなのか…
まあこれ以上は、彼女の体裁の為に控えておこう。
清美さんも そして小八重くんも甘ぁくなってからがおすすめ。そんなバナナの食べ頃の茶バナナにはプラス免疫力アップも期待できるという結果がでているらしい。
毎朝、清美さんはバナナの中身。小八重くんはバナナの皮。喧嘩や取り合うこともなく、きっぱりと分け合っているのだ。
ここで紹介したいのは、小八重くんの兄弟たちだ。
ほらほら、今来たのが小八重くんで、あっちへ飛んでいったのが小八重くん。そして その陰にひっそり隠れてじっとしているのが小八重くんで、三角コーナーに入り込もうとしているのが小八重くんだ。
あ!
清美さんが冷蔵庫を開けた。
その柔らかな光と豊潤な香りとじめじめした蒸し暑さなど感じない冷房効き過ぎの別世界に入り込んだのも小八重くんだ。
ぱっちん!
清美さんの左右からの平手打ちが小八重くんにヒットした。
その小八重くんは、願いむなしくパラダイス・天国へと逝ってしまったようだ。
その音に陰にひっそり隠れてじっとしていた小八重くんは、驚き舞い上がった。
そして、そこに清美さんの右背後からの豪速握り絞め。一瞬、その風圧に身を避けることができたが、次の攻撃に手中に入り込んでしまったのだ。
清美さんは、さらにその拳を力を込めて握った。
清美さんは、半信半疑。
いや 周りに小八重くんの姿はないと確信すると、あろうことかその拳を開くと同時に掌を床に叩きつけた。
ゆっくりと床から上げた清美さんの手の下には… 小さな黒い点となった小八重くんの姿があった。
小八重くんや小八重くん、小八重くんに小八重くん、そして、小八重くん・・・
ああ、見分けも数も不明だけれど 可笑しな同居は続いている。
清美さんの留守中。魚の皮、落っことした野菜の切れ端、卵の殻…
小八重くんは、また束の間の楽園や極楽の場所で飛び回るのだ。
夜が訪れる。
清美さんが、電気を消したその寝間で 最近お気に入りのSNSの時間。小さな窓に明かりをともす。
(一緒に観たいの? 楽しみたいの? それとも清美さんに近づきたいの?)
小八重くんは、明かりの画面に飛び込んだり、清美さんの目の前をかすめたりした。
(大丈夫なのか?)
清美さんの楽しい時間を邪魔した小八重くんは……
ぱっちん!
暗闇からの清美さんの左右からの平手打ちがヒットした。
一緒に眠ろうか?の誘いなど夢の夢。
その小八重くんは、願いむなしく永遠の眠りへの誘いのパラダイスへと逝ってしまった。
いつまで続くのだろうか。
小八重くんと清美さんの平手打ちの日々は、風鈴の音が寂しく感じる頃に終わるのだろう。
ひょっとして、いつか清美さんの剣幕は必殺煙幕となり、小八重くんを苦しめるかもしれないが、それはそれ…
また機会があれば、その話もできるかもしれない。
― 了 ―
作品名:こばえくんとひらてうち 作家名:甜茶