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ショートショート集 『一粒のショコラ』

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ー14ー タイムカプセル


 じいちゃん危篤の知らせを聞いて、俺は故郷の実家に駆けつけた。長いこと戻ることもなく久しぶりの帰郷だった。
 そして、俺が駆けつけるのを待っていたかのように、すぐにじいちゃんは逝ってしまった。小さい頃はいつもくっついていたじいちゃん子だったのに、都会に出てからはろくに顔も見せず、孝行もできないままの別れとなってしまった。
 そんな俺でも、じいちゃんは待っていてくれた。後悔先に立たず、と肩を落としていた俺に、家を処分するので帰る前に荷物を整理するよう親が言った。
 
 久しぶりに入った俺の部屋は、出て行った当時のままだった。今まで生活に何の不自由もなかったのだから、ここにあるものはすべて不要ということになる。ただひたすらゴミ袋に放り込むだけだ。
 でも、さすがに卒業アルバムを手にした時は迷った。なければないでよかったのだが、見つけてしまった以上捨てるというわけにもいかない。同じ理由で卒業証書にも手が止まった。筒がかさばるので、中身だけ取っておこうと筒を開けると、中から証書に混じって手紙が出てきた。
 俺宛ての古ぼけた封筒の中の手紙には、小学生らしいたどたどしい字でこう書かれていた。
 
『いっぱい、いじわるされたから、私が死んだら、夜中に寝ている足のうらをくすぐってあげるね。そしたら、死んだあとの世界もあるってことだよ』

(なんだ、これ?)
 封筒の裏に書いてある名前を見て思い出した。五年生の頃だったろうか、ひとりの女の子が転校してきた。なかなかクラスに馴染めずにいたので、俺は善意で声をかけたつもりだった。
(とんだ誤解をされたものだ)
 それにしても、いつのまにこんな手紙が紛れ込んだのだろう?
 
 その夜、俺は足の裏がむず痒くて目が覚めた。まさか……
 
 俺は、故郷を立つ前に、あの子のことをみんなに聞いて回った。あの子は卒業と同時にこの町を出て行き、消息を知っている者はいなかった。どうにも気になった俺は、じいちゃんの葬式に来てくれた当時の担任に電話をかけた。地元で長年教師をしていたその先生なら、知っているかもしれないと思ったからだ。葬式に来てくれた礼を言うついでを装い、極力自然に聞いてみた。
 
 実家の片づけを終え、都会へ戻る途中、俺は小さな駅に降り立った。
 そして、駅前の商店街にある小さな和菓子屋の前で足を止めた。先生の話によると、この近くに用があり、たまたま入ったこの店が教え子の店だとわかり驚いたという。その教え子というのが俺の探しているあの子だった。
 店に入ると、同年代の女性が店番をしていた。入ってきた俺を見て、驚いたところを見るとやっぱりあの子だ。店の奥に向かって、ちょっと出てくる、と声をかけ、彼女は俺を外へ連れ出した。
「驚いたわ、でもすぐにわかったわよ、だって変わってないんだもん」
 そう言って彼女は懐かしそうに俺を見た。
 俺は何から話していいか迷った。そんな俺に、彼女が続けて言った。
「手紙を見つけたから来てくれたんでしょ? ずいぶん待ったのよ、もう来てくれないかと思った」
 俺は彼女の真意など考えようともせず、自分の疑問をぶつけた。
「俺、いじわるなんてした?」
 その問いに答えずに彼女は言った。
「私、卒業と同時にあの町を出ることになったでしょ? それで考えたの。いつか大人になったら、あなたが私を探しに来てくれる方法はないかしらって」
「え?」
「それで、卒業式の後、そっとあの手紙をあなたの証書の筒の中に入れたの」
(そうだったんだ……)
「ところで、今日は私に会いに来てくれたの? それとも、死後の世界があるかを確かめに来たの?」
 彼女は、反応を試すように俺の顔を覗き込んだ。
「いじわるなのは君の方じゃないか」
 俺はそう答えるのが精いっぱいだった。