シャンパン・ゴールド
テレビに映る女の子が、2020年までのカレンダーにびっしりと目標を書き込んでいる。彼女はここに書かれたすべての目標をクリアして、オリンピックで金メダルを獲るのだと答えた。
私はこたつに丸まって入りながらぼんやりと思う。
そう言えば、私の夢ってなんだったかなぁ。人生のゴールって、私にとっては大学だったのかもしれない。もう私って、すべてをやりきって、後はただ人生を消化してるだけなのかも。
熟しすぎた甘いみかんを執拗に剥いては頬張った。
あの頃は確かに、晴れやかな目標があったのだ。酸っぱい身を噛み潰しながら、こたつの中で英単語帳を開いていた頃を思い出す。
長くうつうつと続いた受験勉強は、私の想像通り、華やかな大学生活を与えてくれた。お金はなくとも、自由な時間はたっぷりあって、いくらバイトや芝居に時間を割いても、文句を言うものはいなかった。
けれども今は、時間だけが希少な宝石みたいに私の目の前に並んでいる。
限られた時間の中で、私は量より質を大切にするようになった。高価でも仕立てのいい服を買い、お皿に小さな料理しかのっていなくても、美味しくて品のいいコースを予約する。
生活の変化で、私の好みはがらりと変わった。でもそういうものだ。
貧乏人だって、一攫千金で大富豪になれば、大きな家を買うだろうし、自分のお金を別の誰かのために寄付したりするようなる。私は身の程をわきまえた、というより、身の丈にあった生活をしているだけだ。ケチすぎず、贅沢しすぎず。それなのに、どうしてこれほど手応えがないのだろう。テレビの中の少女の方が、ずっと満ち足りて見える。
彼女が数年後、必ずオリンピックに行けるとは限らないのに、ライバルは後から後から湧いて出てくるのに。なぜ笑っていられるのだろうか。
それはきっと、ゴールがあるからだ。向かうべき結末がちゃんとあるからこそ、彼女たちは満足そうに笑うのだ。
「最近、仕事どう」
テーブルの向かいに座った彼は、目一杯に肉を頬張りながら聞く。
「まあぼちぼちかなぁ。
学生の頃の方がよっぽど楽しかった気がする。」
私は、シャンパンの泡を眺めながら苦笑いした。
「昔を懐かしんだら、人間終わりって言うよ」
彼は、他人事だと思って平気で冷酷なことを言う。そんなこと言ったって、着古したTシャツと、ポケットに穴の空いたチノパンを履く学生を見ながら、昔を思い出すなと言うのも無理な話である。
大した意味はないとわかっていても、思わずため息が出た。
「私ってもう人生の目標をやり遂げちゃったのよね。たぶん、私のゴールって大学生になることだったんだと思うの。」
当たり前のように、私は目の前の目標を
一つずつ乗り越えてきた。けれど、ついに誰からも目標を与えられなくなってしまったのだ。
「なんか、夢とか趣味とか作ればいいんだよ」
私の視界に、彼の寝癖のままみたいな髪がふわふわと揺れている。
「わかってる。何か探しますよ。夢とか希望とか、好きなブランドとか、行きつけのバーとか。」
彼は食べるのをやめずに、片方の眉毛をちょっとあげた。何か気に入らないことがあるときの仕草だったけれど、食事を中断させるほどではなかったのだろう。
分厚い肉が、目の前で素早く切り分けられていく。シャンパンの泡は、グラスのそこから絶え間なく溢れ、泡が液面で弾ける度に、洋梨のような仄かな甘い香りが立ってくる。
ちぐはくな見た目の私たちは、それでも相応な姿で自分の人生を生きている。正しい生き方とか、立派な暮らしとか、そういうのは相対的なものではないのだ。自分で道は作らなくていけないし、評価するのは自分だ。
私は今、納得する道を歩んでいるのだろうか。目の前に愛する人がいて、美味しい食事ができる身分で、私は確かに幸せを感じている。満足している。けれども、それだけが全てなのだろうか。
私はもっと思考しなくてはいけない。私自身について、この世の中について。考えるべきことは無数に存在しているのだから。
作品名:シャンパン・ゴールド 作家名:ふみ