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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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 ゲーセンの中ではやっと店員が呼ばれたころだったが、アリスたちにはもう無関係の人間だ。街で偶然会っても顔すら見ず知らずの関係だ。
 盗んだ金の最初の使い道は腹ごしらえだった。
 アリスの指示でバイクはファーストフード店に向かっていた。
 ついたファーストフード店はバーガーショップだった。
「俺てりやきセットな」
 ユースケに頼まれ、アリスはレジの列に並んだ。
 自分はポテトのLとオレンジジュースを頼み、ユースケのてりやきセットを持って店内を見渡した。
 奥の席でユースケが軽く手を振っている。
 席についたアリスはポテトを摘み、飲み物を口に運んだ。
「てりやきとかよく食えるね」
 アリスがてりやきに視線を落として言うと、ユースケがそれを口いっぱい頬張った。
「てりやきが一番ウマイんだよ」
「アタシ、マヨネーズだめー」
「そうだけっけ?」
「ポテトが一番美味しいよ」
「でもそれって冷凍だろ?」
「美味しければなんでもいいの」
 何気ない会話をしながら食事を進めていると、アリスたちの横を他校の制服を着た男子生徒が通りかかった。
 上目遣いをするアリスと男子生徒の視線が合った。
 ヤバイ、あまり遭いたくなかった相手だった。
 以前から因縁のある他校の生徒――しかも高校生だ。名前を武山といって、こいつの上には暴力団がいると噂されている。
 武山の手が伸び、アリスの飲んでいたカップをわざと倒した。
「悪いな、手が滑った」
 倒れたカップはふたがしまっていたために、中身がこぼれることはなく、それを見たアリスは武山を小ばかにして笑った。
「ダッサー、中身こぼれてないし」
「なんだと!」
 メンツを切る武山に対抗して、席を立ったアリスも相手の眼を睨む。
 その間に割って入ったのがユースケだった。
「オイオイ、やるなら外でやろう――ぜッ!」
 語尾と同時にユースケのフックパンチが武山の頬を抉り、倒れた武山が後ろの席に激突して乗っていた食べ物やジュースをぶちまけた。
 恥をかかされた武山の眼は完全にイっていた。ドラッグでもヤッてるんじゃないかと思うほどだ。
「テメェッ!」
 勢いをつけて飛び起きた武山の拳がユースケの顔面に入った。
 鼻を押さえてよろめくユースケ。鼻から手を離すと、大量の血が手に付着していた。
 仲間が殴られたのを見て激怒したアリスは、近くにあった食べ物の乗ったままのトレイを手にとって、思いっきり武山の後頭部に叩き付けた。
 前のめりになる武山にアリスは続けさまに踏みつけるような蹴りを喰らわせた。
 気を失ったらしい武山を尻目に、アリスは紙ナプキンでユースケの鼻血をふき取る。
「大ジョウブ?」
「わかんね、鼻曲がったかも」
 騒ぎを聞きつけて店員がやって来た。
「手を上げて大人しくしなさい!」
 その手には拳銃が握られていた。店員の拳銃所持はこの街では基本だ。
「アタシたちなにもやってないし、そいつが最初に吹っ掛けてきたんだよ」
 アリスがそいつと指さす先には、床に倒れてわなわなと震える武山の姿があった。ゆっくりと立ち上がろうとしている。すぐさま店員が制止させる。
「動くな、動くと撃つぞ!」
 それでも武山は起き上がり、突然、ユースケに抱きつくように押しかかってきたのだ。
 ユースケが眼を剥いた。
 アリスはなにが起きたのかわからなかった。
 いきなりユースケが笑い出した。
「ははは、やっべー、刺されちゃった」
 ユースケの腹に突き刺さるナイフ。血が滲み出し、腹を押さえるユースケの手にはべっとりと血液が付着していた。
 まだナイフを握っている武山が、抉るようにナイフをねじ回して深く突き入れた。
 ユースケは眼を開けたまま動かなくなった。
 出血性ショック死だった。
 人が目の前で刺された。
 それはアリスがはじめて眼にする死の瞬間だった。
 恐怖なんて今まで感じたことがなかった。それが今、死を目の当たりにしてアリスは恐怖という感情を覚えたのだ。
 怖くなってアリスは逃げ出した。
 制止する声もアリスには届かない。
 自分がどこを走っているのかわからない。
 自分と現実が切り離されたような気分だった。
 追ってくる奴らからアリスは必死で逃げた。本当になにかが追ってきているかはわからない。ただ、見えない追跡者から逃げた。
 前々の道路でバイクに乗ろうとしている人を発見した。そのバイクを自分でも気づかないうちにアリスは盗んでいた。背後から殴りつけて引きずり落としたような気がする。
 アリスはバイクなんて運転したことなかったが、友人の見よう見まねで運転した。
 はじめてだったが、意外にちょろいもんだと思った。
 でも、奴らがまだ追ってきているような気がする。
 恐ろしかった。
 だから逃げたかった。
 姉の顔を見たかった。
 アクセルを回し、スピードをあげた矢先。バイクのバランスが崩され、ハンドルが持っていかれそうになった。
 必死でアリスはバイクを止めようとしたが、目の前には巨大な影が迫っていたのだ。
 悲鳴があがった。
 次の瞬間、アリスは宙に大きく飛ばされ、バイクはトラックの荷台の下に巻き込まれていた。
 トラックの荷台に激突したのだ。
 アリスは冷静に思った。
 ――奴らに捕まってしまったのだと。
 逃げ切れなかった。
 鈍い音とともに、頭蓋骨は地面に叩きつけられた。
 金色の流れる髪から血が海のように広がっていく。
 蒼い瞳は涙を流していた。
 アリスは死んだ。

 すぐにアリスは救急車で運ばれたが、搬送されるときにはすでに心配停止状態だった。
 奇跡的に蘇生しても、頭を激しく打ち付けているために、脳が損傷を受けていないとは言い切れない。
 そして、やはりアリスは再び目を覚ますことはなかった。
 悲しみに暮れたセーフィエルはアリスの遺体を引き取った。
 アリスを火葬することも埋葬することも拒み、セーフィエルは自宅の実験室でアリスを液体に沈めた。安らかにアリスが眠れるように――。
 世界でただ二人の姉妹。
 両親はとうの昔に死んだ。
 残されたたったひとりの肉親だった。
 ひとりになったことをセーフィエルは決して認めない。
 セーフィエルはすでに決意していたのだ。
 今はできなくとも、いつか必ず再び妹をこの手で抱くことを――。
 アリスを液体に沈め、セーフィエルは装置のスイッチを押した。
「いつかわたしがアリスを蘇らせてあげるから」
 アリスの入れられた装置に静かに静かに霜が降りはじめた。
 蒼く冷たい氷の中に眠らされるアリス。
 その眠りは表情はとても安らかだった。

 ――さあ、眼を覚醒[サマ]して、アリス。
 優しい声に導かれ、アリスは蒼い眼を開いた。
「はじめまして主人[マスター]セーフィエル」

 氷の中のアリス(完)